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.社会  投稿日:2026/6/4

麻疹ワクチン接種への、より広い公的支援を


執筆:濱木 珠恵(ナビタス新宿院長)

【本稿のポイント】

・2026年の麻疹報告数はすでに昨年通年を超え、2回接種者にも感染が起きるほど流行が深刻化している。 

・今年の患者の約8割は15〜49歳の成人で、接種歴が不十分な世代を中心に免疫ギャップが広がっている。  

・自費約1万円という費用が接種の壁となっており、成人への公的支援の拡充が急務だ。

 

私は新宿駅直結の内科クリニックの院長だ。今年の春先から「麻疹患者と接触したかもしれない」「自分に抗体があるかわからないので、今のうちに麻疹を含むワクチンを打ちたい」という相談者が目に見えて増えた。この不安はもっともである。国立健康危機管理研究機構(JIHS)によると、2026年の麻疹報告数は第19週までに479例に達し、すでに2025

年通年の265例を大きく上回った。2023年28例、2024年45例と低水準で推移していたところから、明らかに局面が変わっている。2018年の279例もすでに超えており、2019年の744例を思い起こさせる増え方である。

 

日本は2015年に麻疹排除国と認定された。だが、これは麻疹が国内から完全になくなったという意味ではない。世界保健機関(WHO)の定義として「12か月間以上、伝播を継続した麻疹ウイルスが存在しない状態」であり、海外から持ち込まれることはあっても、国内で麻疹ウイルスが住みついて広がり続ける状態ではないということだ。実際、排除達成後も輸入例をきっかけとした集団発生は繰り返され、2019年には排除達成後最多の744例が報告された。そのことを象徴するのが、新宿区内の小学校で起きた集団感染である。

 

東京都保健医療局の第2報では、患者数は児童41人、教職員6人の計47人で、全員に海外渡航歴はなかった。接種歴は2回が28人、1回以下が7人、12人は調査中で、学校では学年閉鎖などの対応が取られた。注目すべきは、定期接種制度で2回接種の対象世代である子どもの集団でも、これだけの感染が起こりうるという点だ。これは「2回接種しても意味がない」という話ではない。むしろ、学校のような集団生活の場では曝露が強くなるため、地域の中に免疫が不足していて患者が発生したときには、2回接種者にも感染が起こりうるという、麻疹の感染力の強さを示した事例と受け止めるべきだ。

 

麻疹を含むワクチンはきわめて有効で、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)は1回接種で約93%、2回接種で約97%の発症予防効果があるとしている。ただし100%ではない。CDCは、2回接種者でも、麻疹患者に強く曝露された場合には感染することがありうるとしている。

また、JIHSの2024年度感染症流行予測調査では、一般に陽性とされるEIA抗体価4.0以上の保有率は全体で86.6%で、15~17歳、23歳、35歳では95%を下回った。さらに、高い抗体価とされるEIA抗体価16.0以上の保有割合は8~47歳で50%を下回り、報告自体も「ワクチンの2回接種世代を中心に高い抗体価を持つ者の割合が減少しており、ワクチンを接種していても患者が発生している」と注意を促している。もちろん、EIA値がそのまま発症予防効果を意味するわけではない。それでも、2回接種世代の中にも免疫のばらつきがあることは意識しておく必要がある。海外でも、イタリアの医学生・研修医2,000人を対象にした研究で、2回MMR接種歴がある人の15%に防御的IgGが確認されなかったと報告されている。

ここで問題になるのが、大人の免疫ギャップである。現在の定期接種は1歳と就学前の2回だが、2000年4月2日より前に生まれた人には、定期接種として1回の機会しかなかった、あるいは機会がなかった世代が含まれる。おおむね36歳以上には1回接種世代が多い。また、現在25~35歳前後の方は、2008~2012年度の5年間に中学1年相当と高校3年相当で2回目の接種機会が設けられた「特別な世代」だが、そのときの接種率は第3期でも80%台後半、第4期では80%前後にとどまり、受けそびれた人が少なくない。今年の患者分布をみると、20代が32%、30代が21%、40代が11%で、15~49歳が全体の78%を占める。麻疹は「子どもの病気」というより、いまは接種歴のあいまいな成人の問題として見た方が実態に近いのだろう。

 

さらに厄介なのは、ワクチン接種者がかかった麻疹は、典型的な高熱と発疹がそろわない「修飾麻疹」として現れやすいことだ。JIHSの第19週までの集計では、479例のうち167例が修飾麻疹で、割合にして約35%だった。診断にあたっては、ほぼすべてがPCRで確定されている。つまり、外来で見かける発熱患者のなかに、典型像を示さない麻疹が紛れ込んでいてもおかしくない。麻疹はインフルエンザのように、その場で簡単に判定して終わる病気ではない。確定にはPCRや抗体検査が必要で、見逃されている感染があっても不思議ではない。報告数は、実際の流行の一部にすぎない可能性がある。

 

それでも1回だけでも打っていれば、まったく打っていないよりはマシだ。いちばん守られにくいのは1歳未満の乳児である。MRワクチンの定期接種は1歳から始まり、厚労省も1歳と就学前の2回を基本としている。IASRの2024年度調査でも、母親由来の移行抗体はおおむね生後6か月以降に減り始め、1歳時にはほぼ消失するとされている。大人が感染源にならないことが、まだワクチンを打てない乳児を守るもっとも現実的な方法である。手洗いやマスクだけでは麻疹は防げず、最も有効な予防法はワクチン接種だという事実は、いま非常に重要で心に留めるべき情報だ。

 

問題は費用である。麻疹を含むワクチンを自費で打つと1回1万円前後になることが多い。必要性を理解していても、この金額ならためらう人が出るのも分からなくはない。しかし今回の流行では、自分自身を守るだけでなく、乳児や免疫の弱い人を守るという公共性がある。いま必要なのは、「打ちたい人が自己負担で何とかする」ことではなく、流行時に成人が躊躇なく接種できる環境を整えることではないか。麻疹は「過去の病気」ではなく、今なお対策を続けていく必要がある感染症である。政府や自治体には、成人への麻疹含有ワクチン接種に、より広い公的支援を検討してほしい。

 

#この記事は医療ガバナンス学会のサイトに掲載された濱木珠恵氏の記事の転載です。 

 

(本稿のポイントの文責:Japan In-depth編集部)

 

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濱木珠恵 略歴

濱木 珠恵(ナビタス新宿院長)

北海道大学医学部卒業。医療法人社団鉄医会ナビタスクリニック新宿院長。国立国際医療センターにて研修後、虎の門病院、国立がんセンター中央病院にて造血幹細胞移植の臨床研究に従事。都立府中病院、都立墨東病院にて血液疾患の治療に従事したあと、2012年9月よりナビタスクリニック東中野院長、2016年4月より現職。専門は内科、血液内科、トラベルクリニック。自身も貧血であった経験を活かし、クリニックでは貧血外来や女性内科などで女性の健康をサポートしている。




この記事を書いた人
濱木珠恵医療法人社団鉄医会ナビタスクリニック新宿院長

北海道大学医学部卒業。医療法人社団鉄医会ナビタスクリニック新宿院長。国立国際医療センターにて研修後、虎の門病院、国立がんセンター中央病院にて造血幹細胞移植の臨床研究に従事。都立府中病院、都立墨東病院にて血液疾患の治療に従事したあと、2012年9月よりナビタスクリニック東中野院長、2016年4月より現職。専門は内科、血液内科、トラベルクリニック。自身も貧血であった経験を活かし、クリニックでは貧血外来や女性内科などで女性の健康をサポートしている。






濱木珠恵

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