「変わるアジアのパワーバランス」 Japan In-depth創刊5周年シンポ その3
Japan In-depth 編集部
【まとめ】
・安倍氏日中新3原則「競争から協調」とトランプ氏対中「協調から競合へ」発言は逆の動きにみえる。
・古森氏「中国は急に対日微笑外交を始めたようにみえるが、外交・経済・教育面で実際の政策は変わっていない」
・島田氏「トランプとペンスの対中発言の役割分担のように、日本もナンバーツーの人がもっと発言すべき。」
【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=43680でお読みください。】
安倍: 中谷さんに1つお聞きしたい。先ほど新大綱の話があった。党でも議論しておられる。政府とコミュニケーションをとる中で、政府与党に危機認識はあるのか。
▲写真 安倍宏行編集長、桑原りさ(MC)©Japan In-depth編集部
中谷: 朝鮮半島の安全保障、特に米朝交渉について結果を注視している。我々が恐れるのはパワーバランスが崩れてしまうこと。在韓米軍の役割はただ単に北朝鮮のみならず、ロシアも中国もにらんだ大事な存在であることだ。仮に38度線の交渉をめぐって在韓米軍の存在が弱くなるということになれば、日本にとっては良くない。日米間ではしっかり協議をしており、信頼できるマイク・ポンペオ国務長官がいる限り、大丈夫だと思うが、米国にもしっかりとした認識を持ってもらいたい。
ポンペオ国務長官は真っ先に日本にきて、日本の米軍に対する考え方や支援など過去の経緯について「世界のお手本になる」ということを言って帰ったが、そういう点では情勢の重要性について非常に熟知しており、安心している。とにかく米朝交渉の成り行きを見守っているということだ。
▲写真 ©Japan In-depth編集部
安倍: 日本とアメリカの認識はゆるぎないものだと思ってよいのか。
中谷: はい。トランプ・安倍関係は世界で最も密な関係で、電話会談も非常に頻繁に行っている。トランプ大統領も安倍首相の言うことなら聞くというように、非常に良好な関係を構築している。
安倍: 安倍首相は中国の習近平国家主席と会談を持った。その中で「競争から協調へ」「脅威でなくパートナー」「自由で公正な貿易体制の推進」という3つの新原則を確認したわけだが、そういう形で中国に接近していく日本の姿勢は、対北朝鮮の観点で良いことなのか?
中谷: 日中の対話が行われたのは5年ぶりくらいで、首脳同士の話し合いができるということは中国に何らかの変化があったということ。特に米中関係は経済面で非常に混乱しているし、習近平体制もやはり日本と対話をすることにメリットがあるという認識で進んできている。日中中間線でのガス田開発テストのほか、尖閣列島では月3回領海侵犯が行われ、非常に緊張した状態が続いているのは事実だが、わが国の国益をしっかり考えつつ話し合いを継続している状況だ。
安倍: 古森さんに聞く。安倍首相の中国への対応をみて、米中関係の観点から日本は正しい方向に進んでいると思うか?
古森: 正しい方向に進んでいるという、スパッとした答えは私自身出せない。まず懸念材料がある。それは安倍さんが習近平と会って、3つの原則で「競争から協調へ」と言っているが、トランプ大統領が中国に対して言っている言葉とはまさに逆だ。トランプ大統領は「協調から競合へ」行くのだと、あるいは、今までの協調は間違っていたと言っている。敵対的な、という言葉までは使わないが、ライバルとか価値観がぶつかり合うということを言っている。
▲写真 習近平中国国家主席夫妻を歓迎するトランプ夫妻 2017年4月17日 出典:Twitter : President Trump
つまり、表面で見る限り、日米の動きは正反対だ。レトリックで見る限り、大統領の近くにいる外交専門家も1人、このような安倍政権の対中政策は失敗であると言っている。アメリカと全く正反対のことをやってしまうのだからうまくいかないよという論文を書いている。だが、同時に、トランプ政権内外のもっと大勢の人たちは、いやいやそんなことないと。安倍・トランプ間では事前の話し合いがあり、役割分担があり、実はきちんとやっているのだという声の方が実は多い。
日本に対しても、アメリカに対しても問題を起こす中国にどう対応していったらいいか。アメリカの映画などでもしばしば出てくる「グッド・コップ、バッド・コップ(良い警官・悪い警官)」という言葉がある。中国を被疑者に例えてしまうと申し訳ないが、被疑者を落とすときに優しいお巡りさんが出てきて「いや、わかる。そうか、そうか」と言えば、それがグッド・コップで、もう1人、「お前なんだ、これは!」とテーブルを叩いて責める方がバッド・コップ。実はこの2人は裏で協調して手を結んでいて、いろいろなやり方で被疑者を思う方向にもっていく、喋らせると。
日米の中国に対する対応もそれぞれの役割、区分があって協調してやっているのだという意見のほうが強い。ただ、それを裏付けるはっきりとした証拠はない。安倍政権の中でいま中国と仲良くしようと言っている人たちははっきり言えば、経済産業省系の人たちだ。彼らにとって伝統的に中国との関係で一番大事なのは経済、貿易関係であって、安全保障、軍事、政治的な価値観という根本的な部分はあまり重視しないことが多かった。もしかすると安倍総理がそういう人たちに引っ張られているのではないかと、私は懸念している。
もし、日米間にベースの違い、考え方の違いがあり、日米が違う態度で中国に対応した場合、問題は2つある。一つはトランプ政権が「今こそ日米がピタッと連携してやるべき時に、何かおかしいではないか」と言い出すこと。もう一つは、日中関係に実際には大して大きな変化が起きず、中国だけを利してしまうこと。この二つである。
実際には日中関係に大きな変化が起きていないのに、中国がほぼ突然微笑外交に転じてきた。突然ニコニコ笑って日本は大切だから仲良くしましょうというような言動を取り始めた。中国首脳が今まで日本に対して述べてきた言葉を覚えている人間にとっては気持ちが悪いほどの急変だ。中国の日本に対する政策が本当に変わったのかどうか、悪い方向から友好的な方向に本当に変わったのかきちんと確認することが大事だ。
変わった上での微笑外交であれば大いに歓迎して良いし、こちらが対応してもいいわけだが、変わった兆しはない。例えば、尖閣諸島を究極的には奪取するぞとの姿勢を変えていない。公船、実際には武装艦船が日本の領海に侵入し、数も増えている。島から島へ移動するコルベットというタイプの小型艦艇をものすごい勢いで建造している。尖閣諸島を中心とする対小島作戦や南シナ海での軍事攻勢を高める目的だ。
そしてもう一つは抗日教育・反日教育は全然変わっていない。例えば、中高校生に憲法9条や、日本がODAで友好を進めてきたことなど、戦後の日本の平和主義的な諸点は何も教えていない。南京虐殺や盧溝橋事件で日本が一方的に中国に対して実行したという残虐行為や侵略行為だけをずっと教えている。しかも、習近平政権は抗日の記念日を国家行事のレベルに引き上げた。
中国の日本に対する政策が全然変わっていないのは経済面でも言える。外国企業が中国に進出し、生産活動、営業活動を始めるには、中国側との合弁会社にしなければならないと義務づけ、高度技術を奪取する。また、中国政府は中国企業に対し、不当な補助金を出し続けている。このため、外国企業は中国国内でも外国市場でもなかなか公正な競争ができない。とくに中国内部では、中国企業並みの自由な活動も、競争のチャンスも与えられない。トランプ政権は中国のWTO違反を指摘し、アメリカの企業もどんどん問題提起して叫ぶ。だが、日本の企業は非常におとなしい。何も言わず、じっと我慢していればやがて良くなっていくのだという態度を貫いている。
実際、中国の日本に対する対応は何も変わっていないということだ。ただ指導者が語る言葉が違っているだけ。日本の首相と会談せず、安倍首相に対して険しい顔をしていた習近平、李克強が最近はニコニコニコニコ笑うようになったが、言葉と表情だけが変わっただけで、政策は何も変わっていない。この中国の対日政策を見ると、今の安倍政権の中国に対するアプローチの仕方について、トランプ政権のそれと比べたときにどうしても懸念を感じざるをえない。
安倍: 中谷さん、私の質問の趣旨もまさにそこにある。トランプ大統領の了解を得る必要は全くないとは思うが、日米安保は強固だと言いながら中国に接近しているということに対する政府与党内の合意はきちんと取れているのか。そして実際にアメリカはきちんと日本の真意を理解しているのか。
中谷: 基本的には日米が協調して外交関係が進んでいるので、中国に行くことや中国と話すことについては外務省を通じて、あるいは安倍総理がトランプ氏と会談して直接その内容は伝えていると思う。
古森: そこに関してして少し良いか。今、中谷先生がおっしゃった事はその通りです。ただし、トランプ政権が安倍政権の対中接近に関してコメントしていない。おそらく私の知る限りは公式には一言も、何も、誰も言っていない。そして日本側も、自民党や政府を代表する誰かがアメリカの対中政策と今の日本の対中姿勢を比べて、少なくとも表面でわかる違い、ギャップについてコメントしたことは私の知る限り全くない。そのために私の懸念が出てくるわけだ。誰かが『大丈夫だよ』ということを公の場で言ってもよいのではないかと思うのだが、その辺はどうなのか。
中谷: 逸脱した形での日中の約束とか取引とかはない。米中関係がいま貿易摩擦で非常に険悪なことは政府は承知している。一帯一路とかAIIB(アジアインフラ投資銀行)とか、確かに経産省の方向性に近づいているような感はあるが、その路線にはっきり舵を切ったわけではない。許容の範囲ではないか。
島田: その関連で、いま日本の保守派の間でも安倍首相の対中政策は大丈夫なのかとの懸念が高まっている。アメリカ側が疑念を持つのは当然だ。安倍首相はトランプやペンスに対して、認識はあなた方と変わらないという事は説明しているだろう。しかし、アメリカの場合は、議会の外交への影響力も強いので、議会が『何だあれは。安倍は中国にすり寄っているのか』と思えば、1月から始まる日米貿易協議を控え『日本をがつんと言わせてやれ』という話にもなりかねない。
アメリカの場合、トランプ氏は中国に『知的財産権の窃取をやめろ』という点に絞って主張しつつ、『俺は習近平のことが大好きなんだ』などとわけのわからないことを言っている。ペンス副大統領は中国のほとんど全方面にあたるくらい徹底的に批判した。ペンスの演説はトランプ政権全体として練り上げたもので、大統領と副大統領で役割分担している。議会でもルビオ上院議員らを中心に中国に対してものすごくきついことを言っている。だからトランプとしてはほらみろと。ペンスの演説を見ても、ルビオ議員の話を聞いても、中国に対してめちゃくちゃきついんだと、俺の言っている貿易の分野だけでもお前らは譲っといたほうが得だぞというような、そういう外交ができるのではないかと思う。
▲写真 トランプ大統領とマイク・ペンス副大統領 出典:flickr The White Huose
日本にもペンスやルビオの役割をする人が出てこなければならない。例えばナンバーツーの麻生副総理、党幹部、官房副長官などのポジションの人がもっと発言するべきだと思う。本来なら、官房副長官がボルトン氏レベルのカウンターパートにならなければならないわけだが、西村、野上両副長官の肉声を聞いたという日本人がいったい何人いるのか。全く発信力がない。これでは外交はできないのではないか。アメリカの議会のことも意識して我々も中国に対して同じ認識を持っているということをアピールしていくことが非常に大事だ。
安倍: 島田先生はかねてルビオ議員とつながりのある日本の政治家はほぼいないと指摘されていた。
▲写真 マルコ・ルビオ米上院議員 出典:flickr Gage Skidmore
島田: 外務省の最高幹部から聞いた話では『1人もいない』とのことだ。河井(克行)・自民党総裁特別補佐(衆院議員)がほぼ毎月のようにワシントンに行っているがほとんど会えないという。と言うのも、ルビオ議員は理念的にかなりはっきりした保守派の立派な40代半ばの議員で、理念的に共鳴できるような人間でなければ会わない。そもそも米上院議員は100人しかいないので世界198カ国の人間と次から次へと会っているわけにはいかない。そんな時間はない。そのため、日本の駐米大使でさえ上院議員と直に会えない。
▲写真 河井克行自民党総裁特別補佐 出典:河井克行公式HP
日本にも中国の人権問題を極めて強く追及するような議員連盟などがあって、その代表が訪米すればルビオは会うと思う。ただ、そのような団体が日本の議会にはない。そもそも基盤自体がないというわけだ。
トップ写真:日中首脳会談 2018年10月26日 出典:首相官邸