北朝鮮「核」を巡る米・朝・中の新たな動き(上)
執筆者:朴斗鎮(コリア国際研究所所長)
【本稿のポイント】
・トランプ大統領は8月16日、SNSで金正恩との親密さを強調し、19日には「彼は57発の非常に強力な核兵器を持っている」と発言。北朝鮮を核保有国として認めるかのごとき姿勢を示し、韓国側との協議を経ずに米韓合同軍事演習「乙支フリーダムシールド」を急遽縮小した。
・トランプ大統領の狙いは、長期化する対イラン戦争の局面打開、対米投資履行が遅い李在明政権への圧迫、そして中間選挙対策として「金正恩カード」を活用することにある。
・トランプ政権が「米国への脅威を除くこと」だけを条件に北朝鮮との核軍縮交渉を始めれば、北朝鮮の非核化を国家安保の核心課題とする韓国、とくに日本にとっては深刻な事態となる。東アジア情勢に大きな地殻変動が起こる可能性がある。
「彼は57発の非常に強力な核兵器を持っている」──2026年8月19日、トランプ米大統領は金正恩総書記についてこう発言し、事実上、北朝鮮を核保有国として認めるかのようなメッセージを発した。核問題の解決を掲げてイランへの戦争も辞さなかったトランプ氏が、北朝鮮に対しては真逆のアプローチを取る背景には何があるのか。長年、朝鮮半島情勢の分析にあたってきたコリア国際研究所所長の朴斗鎮氏は、米韓合同軍事演習の突然の縮小、李在明政権への圧迫、そして中間選挙をにらんだ「金正恩カード」の活用という3つの狙いを読み解き、日本の安全保障への深刻な影響を警告する。(Japan In-depth編集部)
◆トランプ大統領はなぜ北朝鮮を「核保有国」扱いする発言をしたのか
米国のトランプ大統領は、8月16日、自身のSNS「トゥルース・ソーシャル」への投稿で、「私は北朝鮮の金正恩との非常に良好な関係に基づき、米国がかなり前に韓国との合同軍事演習への参加に合意した事実を快く思っていない。そうした演習はコストがかさむだけでなく、そのコストの大部分をアメリカ合衆国が負担している」と朝米対話を念頭に置いた発言を行い、最近SNSに投稿した自身と金総書記の写真について、「この写真では不機嫌そうな顔をしているが、私たちが笑っている写真もたくさんある。金正恩と私はとても仲がいい!」という説明を添えた。そして19日には突然、「彼は57発の非常に強力な核兵器(nuclear weapons)を持っている」と述べ北朝鮮を核保有国として認めるかのごとき発言を行った。
核問題の解決を掲げてイランへの戦争も辞さなかったトランプ大統領が、北朝鮮の核問題では、金正恩総書記との親密さをアピールしてイランとは全く反対のアプローチを表明したのだ。
◆米韓合同軍事演習を一方的に縮小し、李大統領に不満表明
そして金正恩との対話を実現するために、韓国側との協議も経ずに定例の米韓合同軍事演習「乙支フリーダムシールド(UFS:自由の盾)」を急遽縮小した。米韓合同軍事演習途中の一方的縮小(中断)は初めてのことで、米韓同盟に亀裂をもたらすのではと危惧されている。
米国戦略国際問題研究所(CSIS)のジョン・ヘイムリ名誉会長は「訓練縮小の指示がトランプ大統領と金委員長の意思疎通の結果なのかは分からない」としながらも、「共同訓練縮小をはじめとするトランプ大統領の最近の決定と発言が韓国と事前調整されずに出てきたという点は確かだ」と話した(中央日報2026/8/21)。韓国海兵隊は24日、9月に予定していた米韓上陸訓練「双竜」も中止したと発表した。
その一方で韓国・李在明(イ・ジェミョン)大統領との通話で、「イラン・イスラム共和国の非核化において米国に加わらないかと持ちかけたところ、『いえ、結構です』と言われた」とし、「米国は在韓米軍で韓国を守っているのに韓国は米国を支援しないのか」と李在明政権に対する不満を顕にした事を公開した。米韓合同軍事演習の縮小を合理化するための不満表明のようにも見えるが、その狙いはそれだけではないように見える。
◆トランプ大統領の狙い
金正恩へ対話を呼びかけ、急遽「韓米軍事演習の縮小」を指示し、韓国の李在明大統領との通話内容まで明らかにしながら不満を表明して世界を驚かせたトランプ大統領の狙いはどこにあるのだろうか?
それはまず、長期化する対イラン戦争の局面打開を狙ったものと思われる。
圧倒的軍事力でイスラエルと共同したトランプ大統領の「対イラン斬首作戦」は、驚異的正確さで作戦を成功させたものの首脳部を壊滅させるに至らず、イラン国民の蜂起も呼び起こせなかった。イラン首脳部は壊滅的打撃を受けたものの、「ハメネイ葬儀(7月4日)」をきっかけに、革命防衛隊を中心に再結束したように見える。イラン首脳部は制海権と制空権を奪われた中でも、ホルムズ海峡を「人質」にした持久戦でトランプ政権を苦しめている。
またイラン首脳部の分裂を狙ったと思われるトランプ大統領の「和平覚書作戦」も思惑通り進んでいない。首脳部内の亀裂は表面化せず、強硬派の革命防衛隊が今なおイラン首脳部の主導権を掌握しているように見える。
そして、国際世論もトランプに味方して積極的に動かなかった、欧米諸国は勿論日本さえもトランプの「対イラン作戦」に距離を置いた。米国と軍事同盟を結んでいる韓国ですら積極的支援を行わなかった。トランプ大統領が焦るのは無理もないことだろう。
米国の戦略国際問題研究所(CSIS)のビクター・チャ韓国部長は、8月17日のCSISのポッドキャストで、韓米演習の縮小を「金正恩を引き入れるための最初の具体的な行動」と評価しつつ、トランプ大統領はイラン戦争から関心を逸らそうという側面もあると分析した(ハンギョレ2026/8/21)。
2つ目の狙いは、韓国李在明政権に対する圧迫だ。
今回の米国側の米韓合同軍事演習縮小措置は、米朝首脳会談への誘い水であるだけでなく、トランプ政権の李在明政権への不満の表明としても注目される。
李在明政権は、トランプ大統領の対イラン戦争への協力を拒否しているだけでなく、トランプとの首脳会談で「あなたはピース(平和)メーカー、私はペースメーカーとへりくだり、膨大な額の対米投資計画(政府民間合わせて約6000億ドル)を約束したにもかかわらず、それを迅速に進めていない。米メディアのポリティコは、韓国を「最も遅い交渉家」とし、対米投資履行速度に対する不満が合同演習縮小の背景だと分析した。
李在明政権はまた、米国企業のクーパンなどに対する圧迫も強めた。韓国は「正常な対応」と主張しているが、米国側は米国企業に対する不当な干渉と認識している。
そればかりか、李在明の疑惑に満ちた過去を暴き、李在明政権の不正選挙疑惑を糾弾している訪韓中の韓国系米国人モス・タン米リバティ大学教授(元国務省国際刑事司法大使)を出国禁止にしている。このこともトランプ大統領を不愉快にしている。米国人が米国で行った発言の相手が韓国人(李在明)であるという理由だけで、韓国の刑事司法体系を適用するいわゆる「結果発生地法理」が極めて異例な行為だからだ。
*モス・タン(韓国名:ダン•ヒョンミョン)氏は2025年6月、米ワシントンD.C.で「李在明大統領が青少年時代に凶悪犯罪に関与し、少年院に収監された」という疑惑を公に提起した。
そして、最も重要と思われる狙いは、当面の中間選挙対策と北朝鮮核問題に対する新たなアプローチだ。
トランプ大統領は、対イラン戦争局面打開を兼ねた「金正恩カード」活用で、緊密化する朝中、朝ロ関係に楔を打ち込み、「金正恩との対話」宣伝を中間選挙用のイベントに活用しようとしている。それは、金正恩との会談を11月の中間選挙後の深圳APEC(アジア太平洋経済協力)会合に設定しようとしていることからもうかがえる。中間選挙過程でプロパガンダを行うことが予測される。
ただトランプ大統領の発言には、こうした政治的目的だけでなく実際に「金正恩と核軍縮交渉に臨む」との思惑も垣間見える。それは「金正恩は57の非常に強力な核兵器を持っている」と北朝鮮核の具体的数字を初めて明らかにしたことからも推察される。
この点について米国通である明海大の小谷哲男教授も「非核化は北朝鮮が受け入れないことは分かっている。次に米朝首脳会談が行われるとすれば、最大の焦点は北朝鮮の核ミサイルの能力に制約を加える。アメリカ本土を狙えるミサイルの保有数を制限することでアメリカ本土の安全を守る。一方で北朝鮮を公式な形で核保有国として認める、そういうディールを目指す」(ANN2026/8/18)と指摘した。
もしそうなれば朝鮮半島と東アジア情勢には巨大な地殻変動が起こることになる。トランプ大統領が「米国への脅威を除く事だけを条件に」北朝鮮との核軍縮交渉を始めれば、北朝鮮の非核化を国家安保の核心課題とする韓国、とくに日本にとっては深刻な事態が生まれる。東アジア情勢は、トランプ発言をきっかけに再び大きく動き始めている。
(下)に続く
【よくある質問(FAQ)】
Q1. 米韓合同軍事演習「乙支フリーダムシールド(UFS)」とは何か?
A1. Ulchi Freedom Shieldの略で、毎年8月下旬に実施される米韓合同軍事演習。北朝鮮の侵略や大量破壊兵器の使用など、多様な安全保障脅威に対応した防衛シナリオに基づく演習で、コンピューターシミュレーションを中心とする指揮所演習と、実際の部隊機動を伴う野外機動演習を組み合わせて行われる。1968年に始まった「乙支フォーカスレンズ」演習が起源で、2022年から現在の名称となった。
Q2. 「金正恩カード」とは何を意味するのか?
A2. 米国が北朝鮮の最高指導者・金正恩総書記との対話・交渉を、外交・政治上の効果を狙って戦略的に活用する動きを指す政治用語。第1次トランプ政権時代(2018年シンガポール米朝首脳会談、2019年ハノイ会談・板門店会談)にも活用された。北朝鮮との関係改善そのものが目的というより、対中国・対イラン政策の局面打開、国内政治的アピール、緊密化する朝中・朝ロ関係への楔として機能させる意図が指摘される。
Q3. 北朝鮮の「核保有国」認定とは何を意味するのか?
A3. 核兵器不拡散条約(NPT)体制上、米・露・英・仏・中の5カ国のみが公式な「核兵器国」とされ、それ以外は核保有を認められない。北朝鮮は2003年にNPTを脱退し独自に核開発を進めてきたが、国際社会は非核化を目標としてきた。米国が北朝鮮を事実上「核保有国」として認めることは、これまでの非核化政策の放棄を意味し、韓国・日本の安全保障政策に根本的な変更を迫る可能性がある。
Q4. 米国戦略国際問題研究所(CSIS)とはどんな組織か?
A4. Center for Strategic and International Studies。1962年に設立された、ワシントンD.C.に本拠を置く超党派の外交・安全保障分野の米シンクタンク。世界各国の政策担当者、企業リーダー、学者、ジャーナリストなどが集まる政策研究機関で、防衛、テロリズム、地域研究など幅広い分野で影響力のある分析を発信している。本稿では、ジョン・ヘイムリ名誉会長とビクター・チャ韓国部長のコメントが引用されている。
Q5. 「結果発生地法理」とはどのような法的概念か?
A5. 犯罪の結果が発生した地の法律を適用するという国際刑事法上の考え方。通常、刑事管轄権は行為地(犯罪が行われた場所)を基準とすることが多いが、名誉毀損や詐欺など被害の発生地が別の国にある場合、その被害発生地の裁判管轄権が及ぶかどうかは各国の法制度により異なる。本稿では、米国内で行われた米国人の発言について、韓国が刑事司法体系を適用することの異例さが指摘されている。
(本稿のポイント、リード、FAQの文責:Japan In-depth編集部)
◆シリーズ・アーカイブの紹介
本連載は、朝鮮半島の政治・外交・安全保障を専門とするコリア国際研究所所長・朴斗鎮によるコラムです。北朝鮮の内部構造や権力体制の変遷を独自の視点で読み解くことで、日本のメディアでは見えにくい朝鮮半島の実像に迫ります。
トップ写真:「乙支フリーダムシールド(UFS)」と呼ばれる米韓合同軍事演習の一環として、対テロ演習に参加する韓国軍兵士たち 2026年8月19日・韓国ソウル
出典:Photo by Chung Sung-Jun/Getty Images
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この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長
1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統

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