トランプの対イラン『勝利宣言』は本物か ― 霞が関人事、ロシア燃料危機とともに読む今週の世界
宮家邦彦(キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2026#32
2026年8月10-16日
【本稿のポイント】
・財務省の主計局次長が東京税関長に異動する「異例人事」について、朝日新聞は高市早苗政権との対立が原因と報じたが、筆者はこの報道の正確性に疑問を呈している。
・ウクライナのドローン攻撃を契機にロシアで深刻化した燃料危機は最悪期を脱しつつあるものの完全には克服されておらず、政府はEuro 2復活など環境基準を緩和する異例の対応で供給維持を図っている。
・米国はイランとの戦争で「勝利宣言」をして手を引く動きを見せているが、イランが強硬な条件を突きつけて抵抗しているため、これは事実上の対イラン「降伏」に近く、今後はイスラエルの出方が中東情勢のカギを握る。
今週は「お盆休み」、2026年は8月13日から16日までの4日間だが、12日は祝日なので、東京は今週一週間、静かになる、筈だった。ところが12日には何と台風が「東から北関東に上陸し関西に抜ける」という異常(?)気象が起き、熊本での地震災害もあり、どうやらこの一週間、日本列島は「静か」どころではなさそうだ。
さて筆者が先週最も気になったニュースは国際情勢ではなく、一人の官僚の人事だった。あまり大きくは報じられなかったが、霞が関でちょっとした異変が起きたからだ。朝日新聞は「エース級の財務官僚が異例の転出」という見出しで、「将来の次官候補」の主計局次長が東京税関長になると報じていた。
同記事によれば、官邸幹部は「彼は協力的でなかった」と述べ、主計局次長が東京税関長になるのは「異例」で、消費減税や財政再建などで意見が対立した高市早苗政権の「強い意向」があった、などと報じたのだが・・・。うーーん、そうなのかなぁ?朝日のこの報道自体、筆者は必ずしも正確ではないと思っている。
海外の一般読者は勿論、東京の外交団ですら、この人事の意味を正確には理解できないのではないか。そう考えた筆者は今週のJapanTimesのコラムでこの「東京税関長人事」を取り上げた。編集部に送った表題は「真夏の財務省『異例人事』は『左遷』か、『温存』か?」だったが・・・、興味のある向きは是非ご一読願いたい。
さて次は、吉岡明子主任研究員によるロシア関連コーナーだが、今週は同研究員がまとめた「石油大国ロシアを襲うガソリン危機:Euro 2復活という異例の対応――ロシア・メディアより」を以下の通りご紹介する。筆者もロシアのエネルギー事情には強い関心があるので興味深く読んだ。
ロシア各地の石油関連施設に対するウクライナの度重なるドローン攻撃等の影響で、ロシアは5月末ごろから深刻な燃料危機に直面していた。各地のガソリンスタンドに長蛇の列ができる様子は、日本のメディアでもたびたび伝えられたとおりである。
8月に入り、ロシア・メディアの報道から伝わってくるのは、ほぼ全土に及んだ燃料危機が6~7月の最悪の状態を脱しつつあるとはいえ、いまだ完全には克服できていない実態である。以下に取り上げた「独立新聞」も、「8月に入り、政府は燃料問題が深刻化するのを防いだ」としつつ、「ガソリン危機を克服したと述べるのはまだ早計だ」と率直に認めている。
そうしたなか、ロシア政府はガソリンの環境基準を段階的に引き下げることで、この危機に対応しようとしてきた。そして、下に紹介した経済紙「RBC」の記事にあるように、政府はついにEuro 2復活という異例の対応にまで踏み切ったようだ。Euro2といえば、導入されたのは30年以上も昔の1995年。これまでロシアで基準とされてきたEuro5に比べ、最大50倍の硫黄分の含有が認められる。現在の自動車にこうした低規格燃料を使用することにはリスクがあるとの専門家の指摘もある。
確かに、ロシアでは全国的な燃料供給の崩壊自体は防げたかに見える。だが一連の報道からは、燃料危機そのものが解消されたというより、政府が異例な措置を積み重ねることで、なんとか供給を維持している実態が見えてくる。
◆「ロシア、燃料危機への対応進む……」、8月9日付「独立新聞」(*記事の一部の要約)
- 政府は燃料不足の問題が全国に拡大し、深刻化するのを防ぐことに成功している。ウクライナによる燃料・輸送インフラへの攻撃が続いているにもかかわらず、ガソリンとディーゼル燃料の入手可能性は改善している。
- 燃料問題が深刻なクリミアでも、一部のガソリンスタンドでは販売が続けられている。ただし価格は高騰し、販売量にも制限が設けられている。また、ロシアの一部地域ではガソリンスタンドにかなり長い列ができており、ガソリン危機を克服したと述べるのはまだ早計だ。
- とはいえ、当局は全体として各地域への燃料供給を管理しようとしており、この2カ月の状況は、ロシア経済の不安定化を狙ったウクライナの試みが失敗に終わったことを示している。
◆「政府、Euro 2・Euro 3ガソリンの販売・輸入を時限的に許可」、8月6日付「RBC」(*要約)
- ロシア政府は、環境クラスK2、K3、K4(それぞれEuro 2、Euro 3、Euro 4規格に相当)の自動車用ガソリンについて、2027年7月1日まで、生産、輸入、市場への供給および流通を認めることを決定した。エネルギー省は、燃料の品質と消費者にとっての入手可能性とのバランスを確保するための、あくまで一時的な「危機対応措置」としている。
- 7月初め、政府はロシア国内の一部の製油所に対し、硫黄含有量の基準をEuro 3相当まで緩和したガソリンを2026年末まで流通させることを認めていた。今回はこれに代わる新しい措置となる。
- Euro環境基準は、排出ガスおよび自動車燃料に含まれる有害物質の量を規制するものである。Euro 1は1992年、Euro 2は1995年に導入され、Euro 2では硫黄含有量が500mg/kg以下に制限された。Euro 3は2000年に導入され、硫黄分は150mg/kg以下、Euro 4は2005年に導入され50mg/kg以下、Euro 5は2009年に導入され10mg/kg以下とされた。これらの規格には、それぞれロシアのK2、K3、K4、K5が対応している。現在のロシアで基準とされるのはK5である。
- 5月末以降、ロシアの複数の地域で燃料供給に支障が生じた。6~7月には、全面的または部分的な供給制限が80を超える地域に及んだ。7月に入ると、一部地域では当局がこうした制限を緩和し始めていた。
続いては、これも、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。今週も「夏枯れ」のようであるが・・・。
8月11日 火曜日 オーストリア外相訪米、米国務長官と会談
8月12日 水曜日 クック諸島、議会総選挙
8月13日 木曜日 ザンビア、大統領選挙+議会選挙
英議会で補欠選挙、政治資金疑惑のあるNファラージ改革党党首、出直し出馬
8月15日 土曜日 ターリバーン政権、米軍アフガニスタン撤退5周年を祝う
インド独立記念日、 印首相の政策演説
最後はガザ・中東情勢だが、遂に恐れていたことが起き始めた、のかもしれない。ウォール・ストリート・ジャーナルは、過去数週間にわたり米大統領が、イランとの戦争で「勝利を宣言」し戦闘から「手を引く」ための「下準備」を進めていた、と報じたからである。おいおい、これって筆者の言う「名誉ある降伏」そのものではないのかね?
具体的には、イランがホルムズ海峡を完全に再開するならば、イランのいわゆる核開発計画について「手を引く」ことも含まれるという。そうであれば、「イランは海峡の管理権を手放さず、核開発については実質的制限がない」ことになる。これって事実上の対イラン「降伏」宣言ではないのか?
しかし、WSJは「イランが土曜日、同海峡の自由な航行を認めるための条件として、これまでで最も高い代償を要求したことで、この縮小された目標の達成はより困難になった」とも報じている。イラン側は、数十億ドル規模の米国による支払い、地域からの米軍の撤退、そして米国による海上封鎖の終了などを要求したという。
さすがは「後出しジャンケンの名手」イラン・・・ここに来て再び「ゴールポスト」を動かそうとしている。超大国アメリカを相手に、アホというか、アッパレというか、大したものではないか?それほどトランプ政権は追い詰められているということでもある。情けないというか、絶望感に苛まれるというか・・・。
今後は最も絶望感に苛まれているはずの「イスラエル」の出方がカギとなる。先週書いた通り、筆者が最も懸念するのは、中東におけるすべての交渉の可能性を破壊してきた「和平の敵」が蘇ってくること。中東で和平に反対する強硬勢力は常に「和平の芽」を摘もうとする傾向があるからだ。
今回のイラン側強硬姿勢は革命防衛隊による「関東軍」的行動の一環だろうが、これにはワシントンの対外強硬派も、イスラエルの強硬派も静かに呼応する可能性がある。各国強硬派の「共存共栄」の可能性は今後も続くのだろう。既にガザ和平交渉では同様のことが起きているではないか・・・。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
(本稿のポイントの文責:Japan In-depth編集部)
トップ写真:故アリ・ハメネイ前最高指導者の肖像画を持つ女性達 2026年7月9日・イラン マシュハド
トップ写真出典:Photo by John Moore/Getty Images



























