無料会員募集中
.政治  投稿日:2026/8/7

「主権の存する国民の総意」とは何か――石破茂・元総理が問う皇室典範改正の“素通り”された論点


安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)

【本稿のポイント】

・7月17日に成立した皇室典範改正案は、旧宮家の男系男子を養子に迎えることで皇統維持を可能にしたが、女性皇族の配偶者・子への皇位継承権は認められず、安定的な皇位継承のあり方は今後の立法判断に委ねられた。

・石破氏は、皇室典範があくまで「法律」である一方、日本国憲法――とりわけ皇族の基本的人権や「主権の存する国民の総意」という条文――との整合性という根本的な論点が、今回の議論でほぼ素通りされたと指摘。

・有識者会議の再設置ではなく国会内での継続審議を求め、2028年の参議院選挙までに各党が皇室のあり方について明確な公約を示すべきだと訴えた。

 

7月17日、皇室典範改正案は成立した。石破氏も賛成票を投じた一人である。「賛成はした。だがこれから先、議論が終わったわけではない」。もう一度、日本国憲法第1条が天皇の地位の根拠として掲げる「主権の存する日本国民の総意」というところへ戻って、有権者にちゃんと議論しましょうという謙虚な姿勢がいる――それが、この日の石破氏の主張だった。Japan In-depthチャンネルは、この日、石破茂前総理と、政治ジャーナリストの細川珠生氏を迎え、皇室と憲法をめぐる議論を交わした。

▶ 本編動画(Japan In-depthチャンネル)はこちらhttps://www.youtube.com/live/TDTlzLdnVrM?si=WGi6yzp3BxCUblIV

 

何が決まり、何が残ったのか

今回の改正で可能になったのは、旧宮家の男系男子を養子に迎え、皇族の身分を与えることで皇位継承資格を持たせる仕組みだ。女性皇族は結婚後も皇族の身分を維持できることになったが(施行は10月24日)、その配偶者や子には皇位継承権も皇族の身分も認められない。安定的な皇位継承のあり方そのものは、引き続き立法府の判断に委ねられた形だ。石破氏は「これで成立したからゴールというわけではない」と、まず釘を刺した。

 

憲法との整合性という「素通りされた」論点

石破氏が繰り返し強調したのは、皇室典範があくまで法律であり、いつでも改正しうるという建前と、その内容が本当に日本国憲法と整合しているのかという根本的な疑問だ。

旧皇室典範は、天皇を「現人神」「大元帥」と位置づけた大日本帝国憲法と矛盾なく整合していた。だが現行の日本国憲法のもとでは、皇族には職業選択の自由も移動・居住の自由も選挙権もない。「皇族の基本的人権とは何であろうか」という問いは、大学の憲法学の授業でもほとんど扱われてこなかったと石破氏は指摘する。今回の議論でも、女性天皇・女系天皇の是非をめぐる論争はあったものの、「現行法と本当に整合していますか」という一段深い問いはスルーされたままだったという。

さらに石破氏がこだわったのが、日本国憲法が定める「主権の存する国民の総意」という文言だ。皇室のあり方は本来、国民の総意に基づくべきものであるはずだが、昨年7月の参議院選挙でも、今年2月の衆議院選挙でも、この論点を有権者に訴えた候補者はほとんどいなかった。国会での議論も、実質的には限られた審議にとどまり、「全国民の代表者である国会議員の総意」と呼べるほど開かれた議論があったとは言い難い、というのが石破氏の見立てだ。「もう一度、主権の存する国民の総意に立ち返って、有権者にちゃんと議論しましょうという謙虚な姿勢が必要だ」と述べた。

細川氏もこれに同調し、女性天皇への賛成が世論調査で8割を超える一方、養子縁組案自体への賛否は割れている現状を挙げ、「陛下が望まれている国民の理解が本当に得られた改正になったのかどうか」を問い直した。政府がすぐに有識者会議を再設置する予定はないとしている点についても、「有識者会議である必要があるのか」「国会議員が議論する場を作ることだけでも意味がある」と述べ、国会内での継続審議を求めた。

 

「取ってつけたようなことは絶対にできない」――両陛下に同行して

自分には、到底できない。石破氏がそう漏らしたのは、両陛下のお姿を間近で見続けた二週間についてだった。今年6月13日から26日にかけて、両陛下のオランダ・ベルギーご訪問に主席随員として同行したときのことである。

連日40度を超える猛暑だった。それでも「エンプレス・スマイル」と呼ばれる笑顔は崩れず、疲れは表情に一切出ない。オランダ王妃が尽力して設立したという小児がんセンターでは、大勢が待つなかで一人ひとりに丁寧に言葉をかけ、外来で来ていた車椅子の少女とも時間をかけて話をされた。2時間を超える晩餐会でも、心を込めて誠実に話し続けられる。「これはもうできないなと思いましたね。その精神力、集中力」。石破氏はそう振り返った。

石破氏はまた、オランダ国王がKLMオランダ航空の貨物機パイロットのライセンスを維持し、実際に操縦しているという、日本とは異なる欧州王室のあり方も引き合いに出した。そうした振る舞いは日頃の積み重ねでしかないのではないか、という細川氏の問いかけに、石破氏は「取ってつけたようなことは絶対できないですからね」と応じた。

 

「公的行為」の曖昧さ――昭和100年に“お言葉”がなかった理由

議論の中で石破氏が挙げたもう一つの例が、今年4月29日の「昭和100年記念式典」だ。憲法が定める天皇の「国事行為」は10項目に限定列挙されているが、開会式でのお言葉や式典への出席といった行為はそこに明記されていない。いわゆる「公的行為」がどう位置づけられているのか、実は曖昧なままだという。

石破氏は、1968年の「明治100年」記念式典では昭和天皇のお言葉があったのに対し、今回の「昭和100年」ではお言葉がなかったことに触れ、「なんで明治100年はお言葉を賜って、昭和100年はないのっていうのは、やっぱり説明しなきゃいかんでしょう」と疑問を呈した。これは陛下ご自身が決めたことではなく、政府が決めたことだ、とも指摘している。細川氏によれば、宮内庁は政府の指示がなかったからと説明するのみで、なぜという理由は示されなかったという。

細川氏は、昭和の華やかな側面だけで盛り上がる式典のあり方に違和感を示したうえで、「300万人の国民の命が奪われた、その戦争についての、そこの反省に立つお言葉というのがあまり聞かれなかったことがすごく残念だ」と述べた。石破氏も「昭和のいいところだけが」と応じ、そのうえで、天皇陛下ご自身が4月30日に文書を通じて歴史への思いと平和への祈りを示されたことに言及した。

 

党内・国会での議論をどう深めるか

こうした問題意識を踏まえ、石破氏は「まず党内で、そして主権者である国民の皆さんとちゃんと話をしよう、というところから始めないといけない」と述べた。自民党は法案には賛成したが、それで議論が終わったわけではなく、より良い制度を目指して国民の声を反映する形で議論を続けるべきだという立場だ。

細川氏はこの日、一冊の本を手にしていた。大叔父にあたる政治評論家・細川隆元による『天皇陛下と語る』(山手書房、1982年)。昭和57年7月29日、那須御用邸で行われた昭和天皇との単独対談の記録である。隆元は、岸内閣のもとで1957年に発足した政府の憲法調査会の委員も務めた人物でもあった。現行憲法がどのような経緯で天皇制を残したかを、内側から知る立場にあったということだ。天皇と直接言葉を交わした者の視点と、その経緯を知る者の視点。象徴天皇制は、戦後、さまざまな人々の苦労の上に残ったのだと細川氏は言う。「私たちは今それを引き継いで、どういう形でこの先これが残していけるかっていうことを、国民としても真剣に考えなきゃいけない」。

細川氏も、選挙が直近にない中でも、議員や候補者と接する機会があれば有権者側からこのテーマを積極的に投げかけてほしいと述べ、「2年後には必ず参議院選挙があるので、そこでは各党がこの先の議論をきちんとできるような公約を出してほしい」と注文をつけた。

▶ 本編動画(Japan In-depthチャンネル)=https://www.youtube.com/live/TDTlzLdnVrM?si=WGi6yzp3BxCUblIV

 

番組で語られたそのほかの論点

・[13:19]〜 両陛下のオランダ・ベルギーご訪問と国民との接し方

・[22:57]〜 党内における議論の必要性と政治家の姿勢

・[34:47]〜 消費税・経済政策をめぐる課題

・[45:21]〜 昨年参院選での「減税より給付」提案とその評価

・[48:43]〜 防災体制の強化と防災庁設置に向けた取り組み

・[52:54]〜 戦争の記憶の継承と今後の政治のあり方

 

【よくある質問(FAQ)】

Q1.旧宮家とは?

A.1947年の皇籍離脱により皇族の身分を離れた11宮家の総称。今回の皇室典範改正では、その男系男子の子孫を皇族の養子として迎えることで、皇位継承資格を持たせる仕組みが導入された。

Q2.国事行為と公的行為の違いは?

A.国事行為は日本国憲法第7条に列挙された、内閣の助言と承認に基づいて天皇が行う行為(法律の公布、国会召集など10項目)。一方、式典でのお言葉や被災地訪問などは憲法上明記のない「公的行為」とされ、その位置づけをめぐっては解釈が分かれている。

Q3.女性天皇と女系天皇の違いは?

A.女性天皇は「女性である天皇」を指し、父方が男系(男性の血筋)であれば認められるとする議論がある。一方、女系天皇は母方の血筋を通じて皇位が継承されるケースを指し、男系による継承を伝統とする現行制度とは異なる考え方とされる。

Q4.「主権の存する国民の総意」とは?

A.日本国憲法第1条にある文言。同条は「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」と定め、天皇の地位が主権者である国民の総意に基づくことを明らかにしている。石破氏はこの条文を根拠に、皇室のあり方について国民的な議論と合意形成が必要だと主張している。

 

関連リンク

Japan In-depthチャンネル(YouTube)

トップ写真:石破茂・元総理(右)、細川珠生氏(左) ⒸJapan In-depth編集部




この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員

1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。

1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。

1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。

2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。

安倍宏行

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."