アメリカは日本の憲法をどうみるのか
執筆者:古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」1095回
■本稿のポイント
・GHQ民政局次長のチャールズ・ケーディス元大佐は日本国憲法草案作成の狙いを「日本を永久に非武装にしておくこと」だったと語った。
・1992年ヘリテージ財団の政策提言、2000年から2024年まで6回発表された「アーミテージ・ナイ」日米関係報告書はいずれも日本の憲法改正・集団的自衛権行使を提言してきた。
・アメリカ側は共和党・民主党の超党派で日本の憲法改正と安保面での「普通の国化」を期待している。
8月15日の終戦の日が近づく中、日本国憲法をめぐる論議が高まりを見せている。国際政治の現場を長年取材してきたジャーナリスト・麗澤大学特別教授の古森義久氏は、GHQ民政局次長のチャールズ・ケーディス元大佐へのインタビュー、1992年6月のヘリテージ財団政策提言、2000年から2024年まで24年間に6回発表された「アーミテージ・ナイ」日米関係報告書などを踏まえ、アメリカ側が超党派で日本の憲法改正を期待してきた歴史を読み解く。(Japan In-depth編集部)
◆なぜ憲法論議にアメリカの反応が関わるのか
8月15日の終戦の日が近づくと、改めて日本の国のあり方が議論される。まずは広島などへの原爆投下の追悼をからめて、平和とか戦争という課題が主要となる。だがその議論の根底には日本という国家はどんな特殊性があるのか、そしてこんごはどんな性格の国家を目指していくべきなのか、という重い問いかけが横たわっている。
その日本の国のあり方でより具体的な論題は日本国憲法である。戦後の日本を形どってきた憲法は世界でも他に類例のない特殊性を有する。自国の防衛をほぼ禁止するような、日本国の自衛への自縄自縛がこの憲法により科されている点である。
ここであえて「ほぼ禁止」という表現での「ほぼ」という留保をつけたのは、日本の自民党歴代政権下では憲法9条での戦争や戦力の禁止、交戦権の禁止などにもかかわらず、日本の領土や領海が外部からの武力攻撃を受けた場合には、日本国には武力でその攻撃を跳ね返す自衛の権利はあるとする解釈を保ってきたからである。その解釈により実際には戦力である自衛隊の存在が認められたわけだ。
だから日本の長期の国のあり方を考えるうえでは、いまの憲法への根幹的な考慮が不可欠となる。独立国家が自国をどう守るのかを詰めて考えずにその国のあり方を決めることはできないからだ。幸いにしていまの日本ではこの矛盾に満ちた憲法への批判的な見方が多数派となってきた。憲法の改正を求める日本国民が多数派となってきたといえるのだ。憲法の草案が書かれてからちょうど80年、憲法への多角的な意見の発展は遅きに失したともいえるだろう。
さていま高まりをみせてきた日本国内での憲法論議では当然ながら多様な意見が表明されているが、ふしぎなのはこの日本憲法をアメリカの官民がどうみているかという点への言及がほとんどないことである。
日本の現憲法の是非を考える際にアメリカの反応を知ることがなぜ必要なのか。日本国憲法はあくまで日本の憲法であって、日本の官民こそが独自に論じ、決める対象ではないのか。普通の国の憲法であれば、その通り、他国の反応を重視する必要はないだろう。だがわが日本は憲法に関しては普通の国ではないのだ。憲法の誕生から一貫してアメリカという存在が特別なかかわりを保ってきたのである。その重大なかかわりは大別して2つある。
◆ケーディス元大佐は憲法起草の狙いをどう語ったか
まず第一には日本の憲法はアメリカ製だった。
日本国憲法の草案が1946年2月に当時、敗戦国の日本を占領していた米軍主体の連合軍総司令部(GHQ)により一方的に作成されたことは周知の事実である。記者(古森義久)は日本憲法草案起草の実務責任者だったチャールズ・ケーディス元米陸軍大佐に40年ほど前に会い、米軍占領下でのその作業の実態や目的について詳しく聞いたことがある。日本憲法は当時のダグラス・マッカーサー元帥をトップとするアメリカ占領軍により書かれていた。日本側に当初、作成された松本試案を全面的に排除してのアメリカ側だけによる起草だった
このアメリカ製日本憲法の最大の狙いはなんだったのか。記者の問にケーディス氏はあっさりと答えた
「日本を永久に非武装にしておくことだった」
この趣旨に沿った憲法9条は実は基本では新生の日本にすべての軍事力、防衛力の保持を禁じる趣旨だったのだ。日本憲法の真の作成者のアメリカの意向を無視して、新憲法のあり方を考えることは難しい。
第二にはその憲法の主眼の日本独自の防衛力の禁止という欠落部分を戦後、埋めてきたのが日米同盟によるアメリカの軍事抑止力だったことである。
だから日本が新憲法による自国独自の防衛力を発展させる場合、その欠落を長年、補ってきたアメリカの意向を知ることは欠かせないだろう。
記者はそんな背景を踏まえて、その後もワシントンでアメリカ側の日本憲法に対する態度や政策を一貫して追ってきた。その考察をごく簡単にまとめると、以下のようになる。
「いまのアメリカ側では、共和、民主、保守、リベラルを問わない超党派で日本が現行憲法を改正し、安全保障面での国際的な異端を解消することを期待している」
つまりは日本が防衛面での普通の国になることが日米同盟の強化にも資するという認識である。ではなぜそんな超党派の明確な考えがほとんど表面に出ないのかといえば、その意見を政府レベルで表明することは内政干渉ともなりかねないからだろう。民主主義同士の同盟国が相手国政府にその憲法をどうこうすべきだと指示することは少なくとも成熟した独立国家同士のやりとりではない。
◆ヘリテージ財団は1992年に何を提言したのか
しかしアメリカ側の民間では率直で辛辣な見解がときおり発表されてきた。日本の憲法改正を正面から求める政策報告書がワシントンで初めて公表されたのは1992年6月だった。時の共和党初代ブッシュ政権にも近い保守系の研究機関「ヘリテージ財団」が発表した「日本の民族精神の再形成〜米国は責任ある日本の創造にいかに寄与できるか」と題する政策提言だった。
その前年、イラクのクウェート軍事占領に対してアメリカ主導の30ヵ国以上の多国籍軍が出動した。日本だけは憲法上の制約を理由に1人の要員も出さず、巨額の資金だけを提供して「小切手外交」と批判された。
そんな時期のヘリテージ財団の提言は以下の骨子だった。
「日本の憲法はマッカーサー元帥の労作の押しつけだった。日本国民はそれをそのまま受け入れたが、自分たち自身の自国のあり方の根幹を議論する機会を自ら捨てた。憲法改正はその日本国民自身の論議を生むだろう」
「いかなる力の行使も戦争をも否定する日本の憲法は全世界でも例外であり、日本はその結果、外部世界での力の行使を伴う現実への責任ある関与ができなくなった。日本国民はその結果、世界でも自分たちが例外だという特殊意識を持つようになった」
この提言はさらに「すべての戦争を悪だとする憲法9条は幻想だ」とまで断じ、日本の国際安全保障への参加や日米同盟の強化のためにはその破棄を勧めていた。
◆アーミテージ・ナイ報告書24年6回、一貫した改憲提言
30年以上も前のこんな提言をいま紹介するのはアメリカ側の日本憲法観がその後もこの論旨と変わっていないからである。たとえばアメリカ側超党派の「アーミテージ・ナイ」日米関係報告書は2024年までの20数年、ほぼ6回に及ぶ発表で一貫して日本の集団的自衛権の行使のための憲法の改正や解釈修正を提言してきた。トランプ政権も日米同盟の深化には改憲が望ましいという見解を非公式には隠さない。
アメリカ側のこうした挙党一致の日本への期待は日本側での憲法論議議でも重厚な要因として配慮することが自然であろう。
【よくある質問(FAQ)】
Q1. 日本国憲法の草案はいつ、誰が作成したのか?
A. 1946年2月、当時、敗戦国の日本を占領していた米軍主体の連合軍総司令部(GHQ)により一方的に作成された。ダグラス・マッカーサー元帥をトップとするアメリカ占領軍が書いたもので、日本側で当初作成された松本試案は全面的に排除された。
Q2. GHQによる憲法草案作成の最大の狙いは何だったのか?
A. 日本憲法草案起草の実務責任者だったチャールズ・ケーディス元米陸軍大佐は、古森氏のインタビューに対して「日本を永久に非武装にしておくことだった」と答えた。この趣旨に沿った憲法9条は、新生の日本にすべての軍事力・防衛力の保持を禁じる趣旨だった。
Q3. 1992年のヘリテージ財団の政策提言はどんな内容だったのか?
A. 保守系研究機関ヘリテージ財団は1992年6月、「日本の民族精神の再形成〜米国は責任ある日本の創造にいかに寄与できるか」と題する政策提言を発表した。「日本の憲法はマッカーサー元帥の労作の押しつけだった」「いかなる力の行使も戦争をも否定する日本の憲法は全世界でも例外」と指摘。「すべての戦争を悪だとする憲法9条は幻想だ」と断じ、日本の国際安全保障への参加や日米同盟の強化のためにその破棄を勧めていた。
Q4. 「アーミテージ・ナイ」日米関係報告書は何を提言してきたのか?
A. アメリカ側超党派の「アーミテージ・ナイ」日米関係報告書は、2024年までの20数年間、ほぼ6回に及ぶ発表で一貫して日本の集団的自衛権の行使のための憲法の改正や解釈修正を提言してきた。
Q5. 「小切手外交」とはどのような批判だったのか?
A. 1991年、イラクのクウェート軍事占領に対してアメリカ主導の30カ国以上の多国籍軍が出動した際、日本だけは憲法上の制約を理由に1人の要員も出さず、巨額の資金だけを提供したことへの国際的な批判の呼称。
トップ写真:「原爆投下から81年を迎えた広島の写真」
出典:Photo by Tomohiro Ohsumi/Getty Images
(本稿のポイント、リード、FAQの文責:Japan In-depth編集部)
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

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