米イラン停戦難航とQuad再結束、プーチン訪中で露わになった中露非対称性
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2026#21
【本稿のポイント】(Japan In-depth編集部)
・米イラン停戦交渉は5月26日に米軍がイラン南部ミサイル基地を「自衛的」攻撃したことで難航、第三次イスラエル米・イラン戦争再発の見立ては不変
・日米豪印Quad外相会合が5月26日にニューデリーで開催され、海洋安全保障・エネルギー安全保障・重要鉱物サプライチェーン強靱化での具体協力を確認
・プーチン大統領訪中は42件の文書署名も「シベリアの力2」は進展せず、中露貿易が前年同期比19.7%増の852億ドルに達する一方で中露関係の非対称性が一層鮮明に
宮家邦彦氏の連載「外交・安保カレンダー」5月28日号は、米イラン停戦交渉の難航、日米豪印Quad外相会合の再結束、プーチン大統領訪中で露わになった中露非対称性の3点を読み解く。米イラン情勢では、トランプ大統領の「希望→倍返し→ビビる」サイクルから第三次イスラエル米・イラン戦争再発の可能性を分析。ロシア関連では吉岡明子主任研究員が、ルキーン氏とガブエフ氏というロシアの著名な中国専門家2人による中露関係論考を紹介する。
今週も原稿が遅れてしまったが、それには理由がある。まずは月曜日、ブルームバーグはこう報じていた。
●米国とイランが合意に向け一歩ずつ前進、というニュースを受け、週明けのアジア市場の安堵感は明白だった。
●合意によるホルムズ海峡再開、原油流通回復との楽観的な見方から原油価格は下落し、世界の株式市場は過去最高値に迫る水準まで上昇した。
「そんな筈はない」というのが筆者の直観だった。既に何度も述べている通り、中東では「最も悲観的」な予測が最も的中する可能性が高いからだ。案の定、翌火曜日、米国はイラン南部のミサイル基地や機雷敷設用船舶に対し「自衛的」攻撃を行い、イスラエル軍もレバノンのヒズブッラ(ヒズボラ)に対する攻撃を強化している。
当然イラン側はこれを「重大な停戦違反」と非難し報復を誓う……。ロイターは「戦争終結に向けた取り組みが複雑になる恐れがある」と報じたが、そもそもこれは「複雑」だし、恐らく交渉の実態は米側が期待するよりもずっと「遅々として進まない」「悲観的なもの」に違いない。イラン側が早期に譲歩に応じるとは思えないからだ。
となれば、このまま停戦交渉が進展する可能性は低いだろう。トランプ氏の言動の予測は比較的容易で、彼は①考える前に「希望」を喋り、②叶わなければ「倍返しdouble down」し、③市場と世論が反発すれば「ビビるchickens out」、①、②、③……この繰り返しだ。今は②の段階だが、いずれ更なる対イラン譲歩を迫られるだろう。
冒頭のブルームバーグの記事は①に対するマーケットの反応を報じたもの、水曜日朝「北海ブレント先物は26日に約3.5%上昇し、1バレル=100ドルに再び迫った」と報じたロイターの記事は②に関するもの、だと思えばよい。だから、という訳ではないが、状況をある程度見極めるために水曜日にこの原稿を書いているのだ。理由にならないか……?
今週はもう一つ、重要な話がある。イラン戦争の裏番組であまり注目されなかったが、26日ニューデリーで、日米豪印4カ国の枠組み「Quad(クアッド)」の外相会合が開かれた。日経電子版は「2025年は米印関係の悪化で首脳会合を開けなかった」が「中国に対抗するため再結束を探る機運が出てきた」などと的確に報じている。
首脳レベルでQuadが動かなかった最大の理由はトランプ・モディ関係の悪化だという。2025年5月のインド・パキスタン軍事衝突は「米国の仲介で停戦が実現」とするトランプ氏の主張をインド側は認めなかった。米側もインドのロシア原油購入を批判し対インド追加関税を発動した。これでワンマン指導者同士ギクシャクしたのだろう。
だが、それはあくまで個人レベルの話。戦略的に考えれば、米印双方にとって二国間関係、Quadの重要性は明らかだろう。その意味で今回、米国務長官が訪印し、Quadの枠組みで「海洋安全保障やエネルギー安全保障、重要鉱物のサプライチェーンの強靱化などの分野でさらに具体的な協力」を確認したことは良かったと思う。
Quadに参加した茂木外相も記者会見で「地域情勢に関わる戦略的な認識を擦り合わせた」と述べている。Quadが本来あるべき姿に戻りつつあることを示唆しているのだろう。こうしたインドの重要性については今週の産経新聞WorldWatchに書くので、ご関心のある向きはご一読願いたい。
さて次は、吉岡明子主任研究員によるロシア関連コーナーだが、今週は同研究員がまとめた「プーチン大統領の訪中、中露関係の未来は――ロシア・メディアより」を以下の通りご紹介する。ロシア国内での「中露関係」に関する見方が様々であることがわかり興味深い。
一方、現在ベルリンを拠点に活動するアレクサンドル・ガブエフは、中国側の選択肢がより広がっており、イラン攻撃とホルムズ海峡閉鎖を経ても、中露関係の非対称性は覆らなかったと指摘。今回「シベリアの力2」が進展しなかったことはその象徴だと分析する。そして、この非対称性の下で、ロシアは今後、技術や教育分野においても中国への依存を一層深めていくとし、ロシアにとってより悲観的ともいえる中露関係の将来像を描いている。
◆「ロシアと中国の戦略的協力は世界の安定を強化する――プーチンの中国訪問に向けて」、アレクサンドル・ルキーン、『独立新聞』5月17日(要約)
「中露善隣友好協力条約」締結から25年の間に、両国の間ではあらゆる分野で300件以上の政府間条約や協定が締結されてきた。
しかし、最も重要なのは締結された文書の数ではなく、現在の中露関係が1950年代のような共産主義イデオロギーではなく、“多極化しつつある世界”における具体的な戦略利益の一致に基づいている点にある。両国は、インド、ブラジル、南ア、インドネシア等とともに、新たな世界的影響力の極となることを目指している。
西側諸国はしばしば露中が「ルールに基づく国際秩序の弱体化を試みている」と言うが、「ルールに基づく秩序」は現実には存在したことはなく、西側のイデオロギー的構築物に過ぎない。
現実に存在する国際秩序は、第二次大戦後に形成された、国民国家の主権や国連に基づく国際法体制であり、露中はその安定的維持に貢献している。
中国は資源の国内発展への集中によって大きな成果を達成した。一方、ロシアの発展は控えめであり、ソ連崩壊直後には中国を20%上回っていたロシアのGDPは、今では中国に10倍以上の差をつけられている。そのため、中央アジアなどでは中国が主要貿易相手としてロシアを上回りつつある。
とはいえ、中露間には中央アジアも含め政治的対立は存在しない。中国はロシアにとって最も重要な戦略的・経済的パートナーであり、その役割はこの4年で特に高まった。
中国もまた、米国の圧力を受ける中で、ロシアとの協力拡大に高い関心を有しており、両国の戦略的パートナーシップ関係は今後さらに深化していくだろう。
◆「案件は“パイプ”だ――プーチンは中国から何を持ち帰ったのか」、アレクサンドル・ガブエフ、『ベルリン・カーネギー・ロシアユーラシアセンター』ウェブサイト、5月22日(要約)(注:タイトルの「案件は“パイプ”だ」のロシア語には、「万事休す」の意味もある)
今回のプーチンの訪中では42件の文書が署名されたが、一部には既存文書の補足や拡張版も含まれていた。署名文書が多ければ多いほど、実質的な突破が達成されなかったことを示すものだ。
両国の貿易は拡大しているが、それにより中国側がどのプロジェクトに関心を持つかを決定できる立場が強まっている。「シベリアの力2」で進展が見られなかったことは、それを明確に示す例である。イラン戦争とホルムズ海峡封鎖が、ロシアの対中交渉力を強化するとの期待は幻想に終わった。
一方、昨年減少した両国間の貿易高は、今年は再び増加に転じ、1~4月期で前年同期比19.7%増の852億ドルに達した。ロシアの対中輸入急増の最も合理的な説明は、軍需生産拡大に伴う部品等の調達需要であろう。
2023年3月、両首脳がウクライナ侵攻後に初めて対面した際には、いかなる文書も公表されなかった。しかし、重要な内容は非公開会談で扱われ、その後、中国から軍民両用物資や各種部品がロシアへ幅広く流入し、それによって兵器生産の拡大が可能となった。
今回の訪中代表団には、ロステック社長のチェメゾフは含まれていなかったが、少人数会談には国防省次官や軍事技術協力局長が出席していた。
中露貿易は「ロシアの天然資源と引き換えに中国の機械類を得る」という相互補完性に集約できるが、中国のグリーン化が進むことで、今後ロシアが「機会の窓」を逃すリスクがある。
一方で、中露間の学術・教育・人的交流ネットワークは実際に拡大しており、中国との協力関係は、とりわけ戦争開始と西側との交流の閉鎖以降、ロシアにとって「外部世界への窓」となりつつある。制裁下のロシア・エリートはすでにこの流れを察知し、自らの子どもに中国語を学ばせ始めている。プーチン後のロシアの方向性を担う30~50代のシロビキらも、中国との協力をますます深めている。
続いては、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。
5月25日 月曜日 米国メモリアルデー
5月26日 火曜日 日米豪印Quad外相会合(ニューデリー)
フィリピン大統領訪日、日比首脳会談など(4日間)
5月28日 木曜日 セルビア大統領訪中終える(5日間)
米副大統領、米空軍アカデミー卒業式で講演
5月29日 金曜日 NATO議会関係者春季会合(リトアニア)
シャングリラ会合(シンガポール)
5月30日 土曜日 マルタで議会選挙
5月31日 日曜日 コロンビアで大統領選挙
ギニアで議会・地方選挙
最後はガザ・中東情勢だが、イラン戦争停戦交渉については既に書いた通りであり、今後も「戦争でも平和でもない」状態が一定期間続くのではないか……。されば、仮に今後戦火が収まったとしても、いずれ、そう遠くない将来、第三次イスラエル米・イラン戦争は再発する、という従来の筆者の見立ては今週も変わらない。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
よくある質問(FAQ)(Japan In-depth編集部)
Q1. Quad(クアッド)とはどのような枠組みか?
- 日本・米国・オーストラリア・インドの4カ国による戦略的な協力枠組み。正式名称は「日米豪印戦略対話(Quadrilateral Security Dialogue)」。インド太平洋地域における海洋安全保障、経済安全保障、重要技術、サプライチェーンなどの分野で協力を進める枠組みとして発展してきた。
Q2. 「シベリアの力2」とはどのようなプロジェクトか?
- ロシアのシベリアから中国へ天然ガスを輸送する大規模パイプライン構想。既存の「シベリアの力1」に続く計画で、モンゴルを経由するルートが想定されている。ウクライナ侵攻による欧州向けガス輸出減少を受け、ロシア側が中国市場への代替輸出ルートとして実現を急いでいるが、価格や供給量をめぐる交渉が難航している。
Q3. 「中露善隣友好協力条約」とは何か?
- 2001年7月に当時のプーチン大統領と江沢民国家主席が署名した、中露関係の基礎を定める条約。国境問題の最終解決、相互不可侵、第三国に向けられないことなどを規定する。20年間有効で自動延長条項があり、2021年に5年間延長されている。2026年は締結から25周年の節目に当たる。
Q4. シャングリラ会合とは?
- 英国の国際戦略研究所(IISS)が主催する「アジア安全保障会議」の通称。毎年シンガポールのシャングリラ・ホテルで開催されることからこの名で呼ばれる。アジア太平洋地域の国防相・軍高官・安全保障専門家が一堂に会し、地域の安全保障課題を議論するアジア最大級の安全保障対話の場。
Q5. シロビキとは何か?
- ロシアにおいて軍・治安機関・情報機関・検察など「力(シーラ)」を背景とする組織出身の高官・有力者を指す総称。プーチン政権の中核を担う政治勢力で、KGB・FSB(連邦保安庁)出身者などが代表的。経済政策や対外関係においても強い影響力を持つとされる。
冒頭写真)現地時間5月26日午前9時15分 インド・ニューデリー 日米豪印外相会合の様子
出典)外務省




























