吉川洋氏の『日本の衰退と再生』
執筆者:牛島信(弁護士)
【本稿のポイント】
・吉川洋氏の『日本――没落か再生か』は、日本経済の長期的な衰退を「時代精神」と「アニマルスピリッツ」という観点から考察している。
・筆者自身の弁護士としての経験を通じ、バブル経済とその崩壊、新たな富裕層の誕生を振り返る。
・「失われた30年」を経た日本は本当に没落するのか――戦後日本を支えた「時代精神」を取り戻すことが、日本再生の鍵になるのではないか。
吉川洋氏の『日本――没落か再生か』を読んだ筆者が、日本経済の「失われた30年」と戦後日本を支えた「時代精神」について考察する。バブル経済とその崩壊を弁護士として経験した筆者自身の記憶を交えながら、ケインズやシュンペーターの議論、戦後日本の企業家精神を振り返る。なぜ日本は長期停滞に陥ったのか。そして、日本が再生するためには何が必要なのか。本書が提示する「アニマルスピリッツ」という概念を手掛かりに、筆者は日本の将来に希望を見いだす。(Japan in depth 編集部)
吉川洋さんの『日本――没落か再生か』(新潮選書)を読んだ。一読巻を措く能わず、一気に読み通した。
或る団体の理事をしている方に薦められたのだ。理事会が終わって自分のオフィスに戻ると、私の机の上にその本があった。私自身、新聞の書評を読んで強い関心を持ち、既に発注していたのがたまたまその日に届いていたという次第だったということになる。
吉川さんは日ごろから尊敬している経済学者である。そしてこの表題。私は勇躍という思いで読み始めた。
まず1955年、石坂泰三氏を団長とする日本の財界人グループが米国大企業の経営者たちに話を聞くべく訪米団が組織された話が出てくる(49頁)。
随行した経済学者東畑精一氏の著した『アメリカ資本主義見聞記』(岩波書店1957年刊)から、「アメリカの経営者たちが口を揃えてあるべき経営のあり方について語っ」た内容が要約されている。
「企業の経営は長期的な視野に立ったなされるべきこと、短期的な財務内容よりも技術を重視すること、株主も大事ではあるが従業員を大切にすること」というのだったという。「と同時に、彼らは米国の所得分配が戦前に比べ、はるかに平等化したことを指摘し、それは良いことだ、と言っていた。」とも話したと記されているという。吉川氏は「ニューディールを経て、アメリカでも平等は時代のエトスになっていたのである。」と評している。
読者は驚きとともに気づかれたのではないか。吉川氏は、アメリカの経営者が話したこととして上記の言葉を紹介する直前の部分で、「一昔前にわれわれが『日本的経営』と呼んでいたもの」という前置きをしているのだ。
その後になにが起きたのかは、説明するまでもない。
ただ、吉川氏がバブルについて触れた個所で、「新しい富裕層」の出現に触れていることは重要である(67頁)バブル期に「東京・地方合わせて78万人の個人は、彼らが意図したか否かは別に結果として土地を高値で売り抜けた人たちであり、ここに今日まで続いているだろう新しい『富裕層』が誕生したのである。」として指摘する。「当時の総世帯数4400万世帯の1.7%、人口比では0.6%にすぎない。」
確かにそうだった。私は弁護士として、そうした個人のお手伝いもしたのだった。深夜、銀行の支店長室をお借りして約50億円を数える取引に立ち会ったことも憶えている。受けとったのは確かに個人だった。買う側のお手伝いも随分したのだが、あの深夜の時間は深く記憶に刻まれている。
吉川氏によれば、「バブル期に東京都心の所有地を売却し、多額のキャピタル・ゲインを得た家計/個人は約1万人、1人当たりなんと100億円である。」(67頁)とも書かれている。私のお手伝いした案件は平均以下だったということになるようだ。今更ながら驚く金額である。
「いずれにせよ彼らが突然手にした大金が日本経済をけん引することはなかった。」(68頁)それはそうだろうと思う。売った個人にしてみれば、その大金で、売ってしまった土地に替わる土地、それぞれが自らに相応しいと感じる場所を求めて住み替えなければならず、そうした大金を手にした人々の相当部分は、新しい土地を大きな金額で購入せざるを得なかったのである。
私自身が弁護士として経験したなかには、坪1億円の掛け声のかかっていた土地が、1年後には1500万でも買い手がつかないということになってしまったものもあった。だから私はバブルの崩壊を弁護士として実感している。もっとも、新しい住まいに移ったかたの多くにはバブルの崩壊はなんの影響も無かったろう。千代田区や中央区にあった住まいが世田谷区に替わったに過ぎなかったというだけのことだったのだから。
ニーチェの『悲劇の誕生』をたとえにあげての、シュンペーターについての解説は馴染み深い。「アポロ的なもの」と「ディオニュソス的なもの」の対比である。前者は合理的な計画、計算であり、後者は豊穣、葡萄酒、酩酊、そして陶酔である。(124頁)
ケインズの言葉として著名な「アニマル・スピリッツ」は、シュンペーターではイノベーションと呼ばれる。もちろん、どちらも「ディオニュソス的なもの」の重要性を説く。
司馬遼太郎の言として吉川氏は、「明治は、日本人のなかに能力主義が復活した時代であった。」と言及する。『坂の上の雲』のあとがきにあるとのことだ。
私が大いに驚き、同感したのは、戦艦大和に触れた部分である。私が最近の小説『日本買収』で引用した『戦艦大和ノ最期』の言葉がそのまま出てくるのだ。
「日本ハ進歩トイウコトヲ軽ンジ過ギタ 私的ナ潔癖ヤ徳義ニコダワッテ、本当ノ進歩ヲ忘レテイタ 敗レテ目ザメル、ソレ以外ニドウシテ日本ガ救ワレルカ 今日覚メズシテイツ救ワレルカ 俺タチハソノ先導ニナルノダ 日本ノ新生ニサキガケテ散ル マサニ本望ジャナイカ」(135頁)
吉川氏は続ける。「この大尉の言葉こそが、戦後ある時期まであった『時代精神』だった。」
さらに吉川氏は、「『なぜ日本は没落するか』の著者森嶋通夫は、吉田満と同じく学徒出陣の海軍士官として、大和の沖縄への出撃時に連合艦隊司令部との無線のやり取りを傍受していた。森嶋がなくなるまで、いかに大和、海軍、戦争にこだわっていたかは、自叙伝『血にコクリコの花咲けば』、『終わりよければすべてよし』に書かれている。」とある。早速読まなくてはと思った。素晴らしいことを教えていただいた。
徴兵され軍務に服し、あるいは同世代の多くが戦闘員となり戦争の犠牲になった人々は、灰燼に帰した祖国の再興を、心の奥底に期せずにいられなかった。そこにこそ「真の企業家精神」、「ディオニュソス的な」情念に基づくものがあり、「その情念が、ここで言う戦後の『時代精神』である。」と吉川氏は説く。(142頁)
「1980年代から1990年代にかけて日本に上陸した『米国式経営』は、遅れてやってきた『欠陥商品』だったわけである。」とケインズに触れながら言う吉川氏の舌鋒は鋭い。
「『数』――アポロ的なもの――に拘泥すれば、ケインズが指摘したようにリスクをとることが出来なくなる。これこそが日本経済の『失われた30年を生みだした。』(192頁)
吉川氏は私よりも2歳年下である。団塊世代とそのすぐ下。
高度成長を謳歌し、バブルとその崩壊に立ち会った世代。失われた30年はその一部である世代。その時代精神は太陽と月である。そして、これからどうなるのか。吉川氏の表題通り再生するのか。
日本がこのまま衰退してしまうとは思えない。だから、再生するに違いないと、私は本を閉じながら考えた。
よくある質問(FAQ)
Q1. 吉川洋氏の『日本―–没落か再生か』は何を論じた本ですか?
A. 日本経済の長期的な停滞や格差拡大、イノベーションの停滞などを背景に、国家の盛衰を左右する「時代精神」について論じた本です。ケインズとシュンペーターが重視した人間の衝動や情念、「アニマルスピリッツ」にも焦点を当てています。
Q2. 「アニマルスピリッツ」とは何ですか?
A. ケインズが用いた概念で、将来の不確実性のなかでも人々が行動を起こす心理的な衝動や意欲を指します。本書では、経済活動やイノベーションを生み出す原動力として重要な概念として扱われています。
Q3. 筆者はバブル経済をどのように捉えていますか?
A. 弁護士として土地取引に携わった自身の経験を交え、バブル期の土地価格の異常な高騰と、その後の急激な下落を振り返っています。特に、土地売却によって生まれた「新しい富裕層」に注目しています。
Q4. 吉川氏がいう「時代精神」とは何ですか?
A. 単なる経済指標や合理的な計算だけでは捉えられない、人々が共有する価値観や意欲、情念のようなものです。本書では、戦後日本の経済成長を支えた企業家精神などが、その「時代精神」として位置づけられています。
Q5. 筆者は日本経済の将来をどう見ていますか?
A. 筆者は、日本がこのまま衰退してしまうとは考えていません。吉川氏の議論を踏まえ、日本が再び「時代精神」や企業家精神を取り戻し、再生することへの期待を示しています。
(本稿のポイント、リード、FAQの文責:Japan In-depth編集部)
トップ画像:ジュリアナ東京復活イベントのステージで踊る人々 2008年9月6日、東京 ディファナ有明
画像出典:Photo by Koichi Kamoshida/Getty Images



























