「後見役」に頼る高市改造内閣は短命に終わるのか?二重権力構造と過去の教訓
執筆者:樫山幸夫(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員長)
【本稿のポイント】
・政権の骨格を変えることなく、自民党役員人事、内閣改造が終わった。
・首相の〝後見役〟である麻生副総裁、鈴木幹事長、片山財務相ら重要ポストは軒並み現職が留任した。
・総理・総裁のほかに実力者が併存する二重権力内閣は、過去いずれも短命に終わるか、困難な政局運営を強いられてきたが。
自民党の役員人事および内閣改造を受けて、ジャーナリストで元産経新聞論説委員長の樫山幸夫氏が、二重権力構造を抱える高市改造内閣の現状と課題、そして歴史的背景について解説する。
■新鮮味に欠ける新体制
シルバーウィーク直前の永田町は与野党を挙げてあわただしい動きをみせた。
9月16日は、自民党の新執行部が発足、閣僚人事も固まった。野党でも中道改革連合の「分派」と立憲民主党系議員による「民主改革の会」結成が決まり、日本維新の会は議員総会で新たな幹事長を選出した。盆と正月が一緒に来たような賑わいだった。
自民党役員、内閣改造人事では麻生太郎、鈴木俊一氏のほか小林鷹之政調会長、木原稔官房長官、片山さつき財務相、茂木敏充外相、小泉進次郎防衛相ら重要ポストの留任が早々と決まった。
維新から中司宏氏の入閣などはあったが、存在感が薄く目立った実績もない閣僚が首相と近いというだけで留任、女性閣僚も前回同様2人にとどまった。「政策実力、専門性を重視した」(高市首相の認証式後の記者会見)という説明とは裏腹に、新鮮味に欠ける印象は覆うべくもない。
■過去にも存在、政権操る陰の実力者
高市首相が副総裁に留任させた麻生氏は自民党内で唯一の派閥を率いる。一昨年10月の総裁選では、その支持が勝利の原動力となり、党内基盤が脆弱な首相にとっては、政局運営、来年秋の総裁選での再選をめざすうえでも、その支持をつなぎ留めておくことが必要だ。
麻生氏は、首相経験者にかかわらず、第2次安倍内閣の全期間と菅義偉内閣で副総理兼財務相、岸田内閣でも副総裁を務め、かつての田中派・竹下派支配ほどではないにせよ、政局運営を操る〝奥の院〟という受け止めは少なくない。
陰の実力者をかかえる内閣は過去にもみられたが、政権を支える重しとなりうる半面、二重権力の構造を生み、時の首相にとっては、フリーハンドを掣肘される存在でもある。
最近の例では、安倍晋三氏が病を得て退陣したあとに登場した菅義偉内閣。通算10年近く、憲政史上最長を誇った前内閣に比べわずか1年で退陣に追い込まれた。
安倍内閣の影響が色濃く残ったのはやむをえなかったにせよ、コロナワクチンの大規模接種、携帯電話の値下げなど一定の実績をあげながら、〝安倍内閣の番頭〟のイメージを払拭できず派手さに欠け、指導者としての力強さをアピールできなかった。安倍氏の手法に倣い、官僚機構を極端に締め付けて霞が関から恐怖感と反発を呼んだことも大きかった。
■長期政権築くも、当初は「田中曽根内閣」
「二重権力内閣」が物議を醸したのは1982(昭和57)年の中曽根内閣がはじめだった。
中曽根康弘氏は総裁選を、ロッキード事件で逮捕・起訴された田中角栄元首相の強力な支援で勝ち抜き、その〝返礼〟として就任後の人事で、幹事長、官房長官はじめ重要ポストに田中派出身者をあてた。
刑事被告人からの支持とあって与野党や世論は厳しく、〝田中曽根内閣〟、〝角影内閣〟などと揶揄、批判され、元首相が一審で実刑判決を受けた直後の1983(昭和58)年12月の総選挙では、36議席を失う惨敗を喫した。
国鉄民営化などを実現して、短命だった前5代の内閣と打って変わって5年間という長期政権を実現した中曽根内閣も発足当時はこうしたきびしい状況に置かれていた。一時は中曽根おろしの動きも表面化、政権運営が軌道に乗ったのは、角栄氏が病に倒れて影響力が薄れてからだった。
■竹下派が歴代内閣を操る
中曽根内閣の後継として1987(昭和62)年に登場した竹下登内閣は田中派が源流。数と結束力を誇り、長期政権が期待されたが、リクルート事件への関与のため、2年で退陣を余儀なくされた。しかし、竹下派はその後、強大な力でキングメーカーとして君臨する。
ポスト竹下に「中曽根内閣の専務取締役」(故福田赳夫元首相)といわれた宇野宗佑氏を就任させるが、氏は自らの女性スキャンダルで2か月余りで退陣。再び竹下派が主導して、小派閥、河本派出身の海部俊樹氏を首班とする内閣を発足させた。
海部内閣は、首相自身のクリーンなイメージもあって人気は上々だったが、人事から政局運営まですべて竹下派、なかでも竹下氏の腹心で自民党幹事長に就任した小沢一郎氏(2026年2月の総選挙で落選)のお膳立てに従うほかはなかったのはつらいことだった。
1991(平成3)年秋の臨時国会で政治改革法案が廃案となったことで、衆院解散・総選挙に打って出ようとしたが、各派が反対、竹下派も不支持を決めるに至って政権維持が困難となった。
次に登場した宮沢喜一内閣も、政治改革法案の処理を誤り、内閣不信任案可決に伴う総選挙で敗北。これを受けて、自民党を離党した小沢氏結成の新生党を中心に、日本新党代表の細川護熙氏を担ぎ出して非自民連立内閣を強引に作り上げ、政治改革法の成立にこぎつけた。しかし、その後は、連立与党内部の対立もあって、急速に結束が崩れた。
首相自身のスキャンダル(東京佐川急便事件)への関与から発足10か月足らずで細川内閣は退陣に追い込まれた。
この時に成立したのが衆院の現行制度、小選挙区比例代表並立制で、細川退陣が自民党の政権復帰の遠因となったのは周知のとおりだ。
■〝高市一強〟というが・・
これら一連の経緯をみるにつけ、他派頼みの政権が困難に直面するのは一にかかって政権基盤の脆弱さにあることは理解できよう。若いころから一貫して政治を生業にしてきた高市首相が、こうした過去の経緯はよく知っているだろう。
消費減税法案、衆院議員の定数削減法案などを審議する臨時国会が来月開会、早速、新体制の実行力が問われる。来年春には統一地方選が予定され、道府県議選で自民党が大きく議席を失うことになれば、2028年に選挙が予定されている参院を中心に、高市おろしが広がる可能性もある。
その参院では、今回の人事で、首相とそりの合わない自民党幹事長が更迭され、火種を残している。
前回の総裁選で3位につけた林芳正前総務相も閣外に去った。認証式後の記者会見で、このいきさつを聞かれた首相は、答えを避けたが、総裁選の議員票で首相を上回った林氏は、来年の総裁選ではいっそう手ごわい相手になろう。
高かった内閣支持率もじりじりと低下している。
「高市1強」(読売新聞)、「高市カラーの発揮」(朝日新聞)など、今回の人事を、首相の自信の表れと分析する向きが少なくないが、党内基盤が弱く、後ろ盾に頼らざるを得ない状況が大きく変化したわけではない。いったん反高市の火の手があがれば、火消しは簡単ではない。
■よくある質問(FAQ)
Q1:高市改造内閣が「二重権力」とされる理由は何ですか?
A1:首相の「後見役」とされる麻生副総裁をはじめ、鈴木幹事長や片山財務相など主要ポストの多くが留任しており、総理・総裁以外の実力者が政権運営に大きな影響力を及ぼす構造になっているためです。
Q2:過去の「二重権力」内閣にはどのような歴史的例がありますか?
A2:安倍氏の影響が残った菅義偉内閣、田中角栄元首相の強力な支援を受けた中曽根内閣(「田中曽根内閣」)、竹下派が実権を握った海部内閣などが挙げられます。いずれも政権運営の難しさや短命化のリスクを抱えていました。
Q3:高市改造内閣が直面する今後の政局の焦点は何ですか?
A3:臨時国会での消費減税法案や衆院定数削減法案の審議、来年春の統一地方選、そして2028年参院選や来年秋の総裁選を見据えた党内基盤の安定化が焦点となります。
(本稿のポイント、リード、よくある質問(FAQ)の文責はJapan In-depth編集部)
トップ写真)第2次高市改造内閣の発足 2026年9月17日
出典)首相官邸



























