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.社会  投稿日:2026/10/31

P-1失敗の最大の理由は防衛庁(当時)とメーカーの無能と文民統制無視


執筆者:清谷信一(防衛ジャーナリスト)

 

【本稿のポイント】

・海上自衛隊のP-1哨戒機は、エンジンや搭載電子機器の不具合、交換部品の不足などにより稼働率が低迷している。

・P-1開発をめぐっては、国産化を優先した調達方針や、当時の防衛庁・海上自衛隊による意思決定のあり方に問題があった。

・高価な装備品の開発・調達を優先する一方、維持整備や部品供給、国内航空産業の競争力育成を軽視してきた日本の防衛政策の構造的問題がある。

 

海上自衛隊のP-1哨戒機は、エンジンや搭載電子機器の不具合、部品不足などにより稼働率が低迷している。2025年6月の会計検査院による報告に続き、2026年9月には日本テレビも、任務に就ける機体が保有数の2~3割程度にとどまっていると報じた。この問題の背景には、国産開発を優先した防衛装備品の調達方針、文民統制の不徹底、維持整備予算の不足、そして日本の航空産業を育成できなかった防衛省・経済産業省の政策的失敗がある。

 

P-1の低稼働率が露呈させた文民統制の問題

 筆者は以前から海自の哨戒機、P-1の稼働率は3割程度と報じてきたが、昨年会計検査院がP-1の稼働率が低いという報告書を公表し、今年になって日本テレビも稼働率は2〜3割だと報じて、同機の低稼働率が社会的にやっと認識されてきた。

 

そして最近Xに海自のP―1哨戒機の共食い整備の写真が投稿され、それが外国メディアでも紹介されて話題になっている。

 

Japan cannibalizes P-1 maritime patrol planes

https://defence-blog.com/japan-cannibalizes-p-1-maritime-patrol-planes/

 

P-1哨戒機の最大の失敗の理由は防衛庁(当時)、海上自衛隊幕僚監部(海幕)とメーカーの無能と文民統制無視である。当時の石破茂長官は機体、エンジン、システム全部国産の機体は無理だと反対した。だがそれを海幕が無理に長官を脅すような形で認めさせた。まるで東大総長室に乗り込んだ全学連である。「軍人」が徒党を組んで防衛大臣を威嚇すれば軍人の主張が通ってしまう。

 

文民統制とは国民の負託を受けた文民(政治家)が、軍隊(自衛隊)を指揮監督、統制するものである。海幕は本来石破長官の指示に従うべきだった。当時は副大臣や政務官の制度も整備されておらず、長官は防衛庁内で孤立させられた。大臣の決定を「海軍」が威圧して取り下げさせたのだ。

 

この時に石破長官の主張が通っていれば稼働率が3割以下で、多額の税金を食いつぶしてきたP-1が開発されることはなかった。しかも開発費、調達費は高騰し、稼働率は低いままだったが、これを防衛省と海幕は政治家にも国民にも長い間隠蔽していた。同盟国である米国では軍の作戦用航空機の稼働率やミッション達成率は公表されている。会計検査院が指摘しなければ、国民はこの事実を知らずじまいだった。

 

同盟国の米軍が公開している情報を防衛省と自衛隊は「相手に手の内を明かさない」と隠してきた。いくら稼働率が低くてもバレなければ問題にならない。防衛省や自衛隊のいう「相手」とは政治家と納税者のことだろう。このような過度の秘密主義これまた文民統制違反である。

 

P-3C導入との対比から見える国産開発の問題

P-1はP-3Cの後継として企画された。P-3Cが導入されたのは政治的決断だった。海上自衛隊による対潜哨戒機P-2Jや国産飛行艇PS-1の後継としてP-3C対潜哨戒機の導入は、それまで進められていた国産対潜哨戒機(PX-L)の開発方針が白紙撤回されたことを受け、1977年に決定された。PX-Lは技術的・コスト的ハードルから計画が挫折し、国産化方針が白紙撤回された。当初FMS(有償軍事援助)で輸入されその後、川崎重工業による国内でのライセンス生産で合計98機が調達された。

 

 その背景には過熱する日米貿易摩擦も存在した。当時 膨大な対日貿易赤字に悩むアメリカ政府は、日本に対して「市場開放」や「アメリカ製製品の大幅な購入(輸入拡大)」を強く迫っていた。最も効率よく巨額の貿易赤字を相殺できる手段として、アメリカの政財界は航空機や防衛装備品に目をつけ、日本政府へアメリカ製軍用機の採用を強く働きかけていた。黒字減らしもP-3C導入の大きな要因であったことは事実だ。だが結果として世界最高の対潜哨戒機を採用できた。国産のPX-Lを採用していれば、能力が低くコストだけは高く、稼働率も怪しい対潜哨戒機を採用することになり、日米貿易摩擦はより加熱していただろう。

 

P-3C導入では文民統制が発揮され、最適解だった。ライセンス生産品のP-3Cは米海軍の調達コストと約2倍となったがこれは日本の航空産業維持のコストだと割り切るべきだろう。

 

高騰する調達費と軽視されてきた維持整備

そもそも防衛庁(当時)、技術研究本部(当時)、自衛隊、メーカー、経産省にも当事者能力が全く欠如していた。自衛隊は高価な装備の予算をとると手柄になるが、その際にどの程度維持費や装備以外の需品が必要かなどは考慮してこなかった。

 

つまり高い装備を買って、それが動かなくても問題ないと考えていた。だから外国の何倍、あるいは一桁高い調達単価でも問題視してこなかった。自衛隊の装備は外国と比べて3倍から一桁多いものが珍しくないが、それだけ高いものを買えば部品や整備費や工具などの需品に金が回らないのは当たり前の話だ。

 

たとえば手取り30万円のサラリーマンが自家用車にかけられる予算が月4万円のところ、月4万円のローンを組むようなものだ。当然その他の保険料、修理代、車検、ガソリン、タイヤ、オイル代は出せなくなる。下手をすると子供の給食代も払えなくなる。それでも新車を磨いていればご機嫌だ。これが自衛隊の実態である。

 

防衛省、自衛隊は調達価格を安く偽って高額な装備を導入することも多い。例えば現在の空自の救難ヘリは以前の三菱重工製UH-60Jの改良型で、単価23.75億円で競合を破って採用された。ところが実際は初年度から現在まで調達単価は50億円以上で2倍である。航空機のライフ・サイクル・コストは概ね機体調達費の2倍である。この件では整備費を食いつぶしたことになる。整備費や部品が不足するのは当たり前だ。それ以前に調達単価を偽って安くして競争入札で勝たせたという官製談合の疑いも極めて強い。

 

P-1も当初は現用のP-3Cと同じ約100億円の調達単価になるとされていた。だが高性能化し、インフレも加味すればそれは空絵事だった。しかも開発が難航したこともあって開発費は3081億円に高騰し、調達単価も420億円を超えて4倍以上だ。当初の機体単価が100億円であれば80機調達するとしてライフ・サイクル・コストは1兆6,000億円ほどにおさまったはずだが、防衛装備庁が算出したライフ・サイクル・コストは現状で4兆0907億円、これが更に膨らむ可能性は極めて高い。整備や部品を捻出する余裕はなかろう。

 

端的にいえば防衛省も自衛隊も高い装備を買うことが仕事であり、それが使えなくても気にしてこなかった。つまり戦争なんか起こるわけがないんだ、とタカをくくってきた。だからしわ寄せは全部整備や部隊の現場に来ていた。

 

川重の潜水艦の裏金問題でも当初は、本来需品として買うべき雨合羽や工具が支給されていなかったことが原因だ。そこで川重が気をまわして裏金で買ってくれたわけだ。潜水艦には青天井で金を払うが、その維持整備に必要な部品や、整備に必要な需品は常に不足していた。だがこの裏金問題でも事件の根源となった需品の予算不足について言及するメディアは殆どなかった。

 

実際3自衛隊とも稼働率には驚くほど無関心だった。今世紀に入って内局の担当課長が主要装備の稼働率を調べさせたら、驚愕するぐらい低かった。稼働率が2割3割は当たり前だった。その後、2011年に東日本大震災が発生し、史上最大の災害派遣という「実戦」が生じ、その際もこの稼働率の低さで現場の部隊は大変苦労したが、その原因を追究して稼働率を向上させる努力をしてこなかった。稼働率の低さが問題となったのは岸田政権になって防衛費が大幅に増額されてからだ。

 

哨戒機の技術転換を見誤ったP-1開発

そして防衛省、技本、海幕、メーカー、経産省にも当事者能力が全く欠如していた。国産開発が失敗することは高リスクで火を見るよりも明らかだった。

 

次期哨戒機のエンジン、機体、システムを専用に開発すれば少数生産となり、極めて調達単価は高くなる。また開発費もそれぞれ必要で十分に賄えない。

 

そして筆者が当時問題としていたのは哨戒技術の端境期に当たっていたことだ。本来この手の機体は旅客機や輸送機で利用される。わざわざ専用機を開発すればその開発費が必要となり、調達数が少なければ調達コストも高くなるからだ。

 

たとえばP-3Cの原型のエレクトラはターボプロップ機、英空軍のニムロッドの原型のコメットはジェット旅客機だ。対潜哨戒機はソノブイと磁気探知機を使用して潜水艦の位置を特定する。次期探知機は探知距離が短く範囲も狭い。このため低空で飛行する必要がある。このためプロペラ機の方が向いていた。ニムロッドはジェット機だが戦後すぐに開発された古い機体なのでエンジンの出力も小さく、主翼の角度も低いので低空飛行が可能だった。

 

ところがこの頃の旅客機は高高度を飛ぶジェット機ばかりになっていました。プロペラの旅客機は概ね小型でサイズ的には難しかった。既存のジェット旅客機を使えば低空に降りての磁器探知機が使えない。こういうことになる。これに対して米軍はポセイドンでは機体にベストセラー旅客機である737を採用し、磁器探知機は使用せずにレーダーや光学センサー、ソノブイ、無人機などを組み合わせて探知するシステムを採用した。

 

これは画期的な方向転換であるが、機能するかどうは未知数だった。従来通り磁器探知機を使用するのであればターボプロップの輸送機を使えばいい。事実外国ではそのような例も多数ある。例えばC-130Jシリーズなどは適しているだろう。だが、ジェット機程速度は速くない。

 

 筆者は当時P-3Cの延命化を当時提案していた。これを10〜20年使い続けていれば次世代の哨戒機のデファクトスタンダードは決定するだろうからだ。開発するにしてもそれが見えてから行えばよかった。主翼を更新すれば機体寿命は新品に近くなるので30年は使用できる。またエンジンを新型に換装し、グラスコックピットや機材のデジタル化によって機体を軽量化すれば速度も大幅に改善できた。これをそのまま使い続けることもできただろう。

 

ところが防衛省、海幕、経産省は国産哨戒機ありきだった。確かにジェット機で低空を飛べる機体は存在しなかった。だが果たして性能、コストともに優れた機体が開発できるかと能力はなかった。

何の任務をどの程度遂行できるのかは問題とされずに、国産機調達という手段が目的化かされた。エンジンは双発にする外国製を選ぶ選択でるので、わざわざ出力の小さな4発エンジンにした。外国にこのクラスのエンジンがないから国産すると言い訳できた。

 

機体も双発のジェット機やプロペラ機を排除できた。

 

つまり低空を飛ぶ4発のジェットエンジン搭載機であればすべて外国製を排除できるという目論見があった。だからそれに沿って要求仕様が作られた。順序が逆である。

 

日本の航空産業育成の失敗と防衛産業の構造問題

それでもまだ経産省に日本の航空産業を振興するという構図が描けていれば、そのための投資と言えた。P-1、C-2開発によって大型機開発のノウハウを獲得し、国産旅客機への道を開く(当時MRJの計画はなかった)、またIHIのエンジンも将来、同社がエンジンメーカーとして世界の市場でGEやロールスロイスと互角とまでも行かなくとも、市場の一角を占めるようなエンジンメーカーにするという目的があれば許容されたかもしれない。だが防衛省、経産省、そして当のメーカーにもその気はなかった。

 

海外の市場に切り込むにはリスクもあるし、多大な投資が必要だ。それよりも防衛省の仕事だけ請け負っていればノーリスクで確実に利益が得られる。筆者が日本の防衛産業を40面、50面さげて自宅に引きこもって親に食わせてもらっている「子供部屋おじさん防衛産業」と揶揄する所以である。

 

 そもそも我が国の航空産業を振興するのであれば70〜80年代の間、遅くとも90年代に重工3社と新明和、エンジンのIHIと三菱、川重の事業を統合すべきだった。我が国は兵器輸出できないので、航空産業は民間市場を狙うべきだった。世界の市場で売れる民間向けの旅客機やビジネス機、ヘリコプターなどの民間機の育成に力を入れてくるべきだった。そうすれば産業規模も大きくなり、技術的な基盤も拡大したはずだ。

 

だが我が国はYS-11が商業的に成功しなったこともあり、その後通産省(現経産省)も業界も民間機から手を引いた。70年代にはジャンボジェットの開発で資金が逼迫したボーイングが737の生産権利を日本に売りに来たが通産省も業界も手を出さなった。

 

そして防衛省の国内需要と外国の下請け仕事に頼って、世界的にみればとても産業として成立しない規模の零細規模である固定翼航空機は4社、ヘリメーカー3社、エンジンメーカー2社を温存してきた。

 

事実上の「官営工場」で市場での性能、品質、コストの熾烈な競争に晒されてこなかった。だからメーカーとしての能力も産業として自立するだけの事業基盤もないし、競争力のある技術も育たかった。防衛官需という「生命維持装置」を外すと生きていけない。例えるならば根のないあだ花みたいなものだ。

 

 リージョナルジェットで成功し、その後軍用練習機などでも成功したブラジルのエンブラエルとは対照的だ。経産省や防衛省に産業育成の当事者能力がなかったということだ。

本来経産省はブラジルのように民間機の内外市場での販売と一定のシェア確保を目指し、そのためには事業統合も進めるべきだった。

 

2003年その後エンブラエルを格下と侮っていた三菱重工はリージョナルジェット、MRJの開発に乗り出したが無様に失敗した。メーカーとしての能力が欠如していたことが、この失敗で露呈した形だ。

 

経産省、防衛庁にまともな防衛産業育成のグランドデザインがなく、自衛隊に何が必要か、どうしたら機能する装備を調達、維持できるかという視点がなく、単に国産機を作りたいという手段が目的化している。

 

よくある質問(FAQ)

Q1. P-1哨戒機とは何ですか?

  1. 川崎重工業が開発・製造した海上自衛隊の国産固定翼哨戒機です。潜水艦や水上艦艇の捜索、警戒監視などを任務とし、P-3Cの後継機として2013年から運用されています。

Q2. P-1の稼働率が低い原因は何ですか?

  1. 会計検査院は、F7-10エンジンの性能低下、搭載電子機器の不具合、交換部品の調達遅延などを指摘しています。整備や部品供給の問題も重なり、任務に就ける機体が限られています。

Q3. 共食い整備とは何ですか?

  1. 故障などで使用できない機体から部品を取り外し、別の機体の修理に転用する整備方法です。部品不足を補うための応急的な手段ですが、長期化すれば整備体制全体に影響を及ぼします。

Q4. P-3CとP-1の違いは何ですか?

  1. P-3Cは米国製のターボプロップ哨戒機で、日本では川崎重工業によるライセンス生産も行われました。一方、P-1は日本が独自に開発した4発ジェット哨戒機です。P-1は速度や搭載システムなどで近代化が図られています。

 

【シリーズ紹介・バックナンバー】

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写真)P-1哨戒機

出典)海上自衛隊ホームページ

(本稿のポイント、リード、FAQの文責:Japan In-depth編集部)




この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト

1962年生 防衛ジャーナリスト 作家。日本ペンクラブ会員。

2003~08年まで英国の軍事専門誌『ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー』日本特派員を務める。ドイツの防衛専門誌、「European Security and Defence」(英字誌)日本特派員。 東洋経済オンライン、Japan indepthなどのオンラインメディアにも寄稿。

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