中国の反日教育の実態 その6 中学生にもまず「南京大虐殺」
執筆者:古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」1107回
【本稿のポイント】
・中国の中学生は国定教科書「中国歴史」全4巻で自国史を学び、日本軍が登場する第3・第4巻は1992年9月から使われてきた。
・教科書は、祖国と中国共産党を熱愛させることが授業の目的だと明記。
・第4巻は東京裁判を根拠に「6週間で30万人以上」の虐殺を教えるが、判決文は「20万以上」である。
中国の中学生も、歴史の授業でまず「南京大虐殺」を学ぶ。国定教科書「中国歴史」第4巻は、東京裁判によれば日本軍は6週間で非武装の中国人30万人以上を虐殺したと教える。だが東京裁判判決文に「30万以上」という言葉はない。教科書には、共産党を熱愛させる教育だと明記されている。国際ジャーナリストの古森義久氏が検証する。(Japan In-depth編集部)
◆中国の中学生はどの教科書で歴史を学ぶのか?
さて次は中国の中学生レベルでの反日教育へと進もう。これまではまず小学校教育に焦点を合わせてきた。その教育内容はとにかく「日本軍の残虐」が重点だった。この特徴は中学性になっても続き、しかもエスカレートしていくのだ。
◆教科書は何のための教育だと明記しているのか?
中国では中学校は初級中学とも呼ばれる。中学の3学年は年齢だと12歳から14歳まで、義務教育の最終部分とされるのは日本と同様である。その中学生に対して中国の歴史はその文字通りの「中国歴史」というタイトルの教科書4冊で教えられる。
日本軍が主役として登場してくるのはそのうちの第3巻と第4巻である。これらの教科書は中国政府の国家教育委員会が制定した「9年制義務教育全日制初級中学歴史学習要領」に基づいて書かれ、編まれていた。つまりはなにをどう教えるのがの指針である。
中学の歴史教育全体としては前述の「中国歴史」4巻に「世界歴史」2巻が加わる。中学生たちはその合計6巻を1学年に2巻ずつ学ばされるわけだ。そのうち日本がからむ「中国歴史」の第3巻と第4巻は1992年9月から正規の教科書として中国全土の中学校で使われるようになった。
◆中学の教科書は南京事件をどう教えているのか?
その第3,第4の両巻の冒頭には「説明」としてこの教科書による授業の目的が明記されている。
「本書は生徒の素質を高めることに力点をおき、生徒に祖国を熱愛すること、中国共産党を熱愛すること、社会主義事業を熱愛すること、そして以下の4項の基本原則を守るための教育を与えること、を目的とする」
その「4項の基本原則」としてはマルクス・レーニン主義、共産党主導、社会主義路線、プロレタリア専制政治だと明記されていた。つまりは共産党主導やプロレタリア独裁を守り、次世代に継承させるための教育だと明言するわけだ。中国共産党のギラギラする政治教義は中学生の歴史教育にもこうして正面から強烈に打ち出されているのである。その「説明」ではさらにこの教科書の内容について次のような付記もある。
「本書の特徴のひとつはモノクロ、カラーの両方の写真を含む挿絵や地図を数多く使っていることである。これは生徒の直感にアピールするためである」
視覚、つまりビジュアルの効用を重視しているということだ。とくに日本軍の残虐や殺戮を生徒に印象づけるためにこのビジュアル手法が重用されているようにみえる。
さてこの「中国歴史第3巻」はぜんぶで163ページある。その内容は年代としては清朝の17世紀なかばから国民革命が失敗する1920年代後半までの歴史を教えている。計197ページの「中国歴史第4巻」は1927年の南京国民党政府の成立から近年までの歴史を追っている。
この流れのなかでの日本関連のハイライトのひとつは、やはり「南京大虐殺」である。「中国歴史第4巻」の第7章「神聖な対日抗戦の始まり」の主要部分がこの南京事件関連となっている。「南京大虐殺」は小学校レベルでも社会科、国語ふう読本の「小学生が知らねばならない中国の10の話」でかなり詳しく教えられ、さらに歴史の教科書「小学課本・歴史」で抗日戦争の一環としても詳しく教えられる。中学ではまたそれに重ねて教わるのだ。まさに、これでもか、これでもか、なのである。
中学生向けの「神聖な抗日戦争の始まり」の主要部分としての「南京大虐殺」の項は前半、次のように書かれていた。
「日本侵略者のおもむくところ、どこでも、焼く、殺す、犯す、奪う、ということが行われた。日本軍は南京の占領後、南京人民に対し血なまぐさい虐殺を実行し、天にもとどろく大罪を犯した」
「南京で平和に暮らしていた市民たちのうちのある人は射撃の標的にされた。ある人は銃剣の的にされた。またある人はたちは生き埋めにされた。戦後の極東国際軍事裁判によれば、日本軍は南京占領後の6週間以内に、武器を持たない中国の国民、30万人以上を虐殺した、とのことである」
この前半の記述のすぐわきには写真とも絵ともつかない挿絵が2枚、載っている。1枚は日本兵らしい2人が銃剣を中国の若者に向けている図だった。「南京で中国青年を銃剣練習の的にする日本軍」というキャプションがついていた。2枚目は日本軍将兵3人が座り、それぞれ軍刀をふいている図だった。キャプションは「南京で人を殺した後、刀の血をぬぐう日本軍」となっていた。この挿絵は写真ではないようだ。さらにそこで描写された対象が実際に存在したか否かをまったく不明である。そんな根拠はわからないままに日本軍の残虐行為が事実として中国人の現代の中学生たちに突きつけられるのだ。
◆「30万人以上」は東京裁判の判決に書かれているのか?
さらに問題なのは「極東国際軍事裁判によれば」としての「6週間での非武装の中国人30万人の虐殺」という記述である。この裁判はいわゆる東京裁判である。同裁判での判決文は次のように述べていた。
「後日の見積もりによれば、日本軍が占領してからの最初の6週間に南京とその周辺で殺害された一般人と捕虜の総数は20万以上であったことが示されている」
中国の教科書が強調する「30万以上」という言葉はどこにもないのである。虐殺となれば、20万でも30万でもその非人道性は変わらないだろう。だが東京裁判の判決を水増しして、それを中学生向けの国定の歴史教科書で決定的な証拠のように明示するという虚偽はまた別問題である。
中国側はこの30万以上という数を絶対不変とし、神聖視する。その数字に少しでも疑義をとなえれば、「大虐殺の否定」とか「侵略の歴史の書き換え」という激しい糾弾を浴びせられる。だがその中国側の主張にこそ、虚構や誇張が明白なのである。
【よくある質問(FAQ)】
Q1. 東京裁判の判決は、南京での犠牲者数をどう記しているのか?
- 判決の第8章「通例の戦争犯罪」は、占領後最初の6週間に南京とその周辺で殺害された一般人と捕虜の総数を「20万以上」とする推計を記している。一方、松井石根被告への個別判決では「10万以上」とされている(IMTFE判決 第8章(HyperWar)、侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館の論考)。
Q2. 「30万人以上」という数字はどこから来ているのか?
- 戦後、中華民国政府が南京で開いた国防部審判戦犯軍事法廷(南京裁判)の判決が「30万人以上」と認定した。中国側は現在もこの数字を用いている(侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館の論考)。
Q3. 日本政府は南京事件をどう説明しているのか?
- 外務省は、日本軍の南京入城後、非戦闘員の殺害や略奪行為などがあったことは否定できないとしつつ、被害者の具体的な人数については諸説あり、政府としてどれが正しい数かを認定することは困難だとしている(外務省「歴史問題Q&A」問6)。
(本稿のポイント、リード、FAQの文責:Japan In-depth編集部)
トップ写真:南京大虐殺博物館 中国・江蘇省南京市 – 2005年5月5日:(中国国外配信禁止)2005年5月5日、中国江蘇省南京市の南京大虐殺博物館で、南京大虐殺の犠牲者の遺骨を見つめる子供。



























