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.国際  投稿日:2026/9/21

中国の反日教育の実態 その3 小学生への「南京大虐殺」の教え


執筆者:古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」1104回

【本稿のポイント】

・中国の国家教育委員会基礎教育局が作成した小学校高学年用の読本「小学生が知らねばならない中国の10の話」には、南京占領時の日本軍について「屠殺場にしてしまいました」などの記述があり、婦女暴行や虐殺の様子が記されている。

 ・読本は「日本軍は南京占領後の4ヵ月以内にわが同胞30万人以上を殺した」と記述。当時の南京市の総人口は20万人だったとする報告が後の戦犯裁判で証言された。

 ・読本は南京事件を「虚構」とする日本側の主張についても触れ、「鉄のような証拠が山のようにある」としてこれを否定。こうした記述の分量の多さや表現が、読者に激烈な反日感情を起こしている。

中国の小学生は4年生になると、国定の読本を通じて南京占領時の日本軍について「屠殺場」「殺人ゲーム」といった表現で学ばされる。国際ジャーナリストで麗澤大学特別教授の古森義久氏が、その具体的な記述内容と、読本が抱える構造的な問題を検証する連載の第3回。 

◆国定読本「南京大虐殺」の記述

中国の小学生は4年生になると日本軍の南京攻略について以下のような記述を学ばされる。

「日本の侵略軍は古い城壁の都市の南京を一つの屠殺場にしてしまいました。日本軍は狂ったように人間を殺すことで自分たちの勝利を誇ってみせました。日本軍の司令官は公然と部下の悪事を許しました」

「日本の将兵はわが同胞の中国人を銃撃し、銃剣で刺し、軍刀で首を斬り、腹を切り裂き、溺れさせ、焼き殺し、生き埋めにし、いろいろな残忍な方法で殺しました。殺人ゲームを楽しみ、恥をなくして婦女を暴行し、12歳の幼い女の子から60歳以上のおばあさんまで、逃しませんでした」

以上の記述は中国の小学校高学年用の読本「小学生が知らねばならない中国の10の話」のなかの「南京大虐殺」という項目の一部である。小学校の高学年とは4年生から6年生までである。4年生はまだ9歳にすぎない。

この読本は中国の国家教育委員会基礎教育局によって作成された。すでに紹介した小学校低学年用の読本「わたしは中国を愛する」も同じ国家教育委員会基礎教育局の作成だった。中国の教科書は補助教材と呼ばれる副読本も含めてみな国家当局が作る国定なのだ。だから全国みな画一された内容となる。この点は日本とは決定的に異なるところである。中国の教科書は全国均一だから、当局の指令が集中し、集約され、さらに徹底して上から下へと伝えられるわけだ。

◆読本全体の構成――10章のうち3章が歴史教育

この「小学生が知らねばならない中国の10の話」は全体で約150ページだった。中国の国としての現状を主に教えていた。全体で10章のうち7章までが中華人民共和国の自然や政治を教えていた。「わが祖国は領土が広く、自然が豊かです」、「わが国は社会主義の国家です」、「わが国は統一された多民族国家です」、「わが国の社会主義建設と改革開放は輝かしい成果を生みました」というようなタイトルがその7章にはついていた。

残りの3章が歴史の教えだった。そのうち日本との戦いは第3章の「旧中国は暗く、貧しく、弱く、辱めを受けました」というタイトルの部分と、第4章の「共産党がなければ、中国もありません」というタイトルの部分とで詳述されていた。その第3章の第5項が冒頭でその一部を紹介した「南京大虐殺」だった。その書き出しは以下のようだった。

「帝国主義の侵略は中国人民に数え切れないほど、語り尽くせないほどの災難をもたらしました。その侵略者の暴行のなかでも最も聞くに忍びなく、最も人の道をはずし、人の心を震わせる出来事は抗日戦争の初期に起きた南京大虐殺でした」

「1937年12月13日、日本軍は南京を占領しました。このとき中国の防衛部隊はもうすでに撤退していました。南京城内に残っていたのは、抵抗する力をなくした一部の中国兵士と武器をまったく持たない市民でした。侵略軍は首都を占領したという軍事目的に満足しなかったのです」

◆「30万人以上」の記述と南京の人口

当時の南京は蒋介石氏が率いた国民党の中華民国政府の首都だった。この読本の記述はこの後、先述の「大虐殺」のなまなましい描写へとつながっていく。そして婦女暴行の記述の跡も、これでもか、これでもか、というふうに「日本の残虐」を強調していた。

「日本軍は大規模な集団虐殺を実行し、何千何万の青年、中年の男子と、武器をすでに捨てた中国人兵士たちを川の岸に連れていき、針金やひもで縛りあげ、いくつもの段階に分けて、機関銃を撃ちまくって、みな殺しにしました」

「日本軍は死にきれない人たちを銃剣で刺し殺し、最後には火をつけました。南京城内に血が川のように流れ、死体は山のように高く積み上げられました。調べによれば、日本軍は南京占領後の4ヵ月以内にわが同胞30万人以上を殺したのです」

ここではっきりと「30万人以上の大虐殺」が打ち出されるわけだ。殺されたのはあくまで

「抵抗する力をなくした兵士」と、「武器を持たない市民」だというのである。ちなみに当時の南京市の総人口が20万だったという報告が後の戦犯裁判でも証言されていた。

◆日本側の「虚構」論への反論と記念館の記述

この小学生用の読本はさらに南京事件の歴史的な解釈をめぐる日本側の主張にも触れていた。以下の記述だった。

「しかし日本の内部では一部の人たちがいまもなお公然と叫んでいます。『南京大虐殺は事実ではなく、虚構だ』と。彼らは歴史を勝手に書き直し、日本侵略者の罪を否定しようとしているのです。これは中国人民にとって絶対に我慢のできないことです。鉄のような証拠が山のようにあり、それを否定することは許されません」

「この血に満ちた歴史を永遠に記憶するため、南京人民は南京市西南の江東門外に『中国侵略日本軍南京大虐殺受難同胞記念館』とつくり、館内の石壁に中国語、英語、日本語で『死難者300000』と、知らない人ならびっくりするほどの数字を書き込みました。遺骨を並べた部屋には多くの白骨が展示され、中国人民が災難を受けた証拠となり、日本侵略者への怒りの永久の訴えとなっています」

以上がこの小学校高学年用の読本に書かれた「南京大虐殺」の記述のすべてだった。だが読本全体のなかでのその記述の分量の多さ、さらに日本側の残虐性を強調するどぎつい表現など読者の側の激烈な反日感情を起こすことはいわば自然だといえよう。この歴史教育の全体構造をみると、「中国を愛する」ことはほぼ自動的に「日本を憎む」ことにつながるような意図さえ感じさせるのだった。

(その4につづく。その1。その2)

【よくある質問(FAQ)】

Q1:「国家教育委員会基礎教育局」とはどのような組織ですか?
A:中国において、小中学校向けの教科書や副読本の作成を担う国の教育行政機関です。中国の教科書は副読本も含めてすべてこの種の国家機関が作成する国定教材であり、全国で画一された内容が用いられます。

Q2:「南京大虐殺受難同胞記念館」とはどのような施設ですか?
A:南京市西南の江東門外にある記念施設です。館内の石壁には中国語・英語・日本語で犠牲者数「300000(30万)」と記され、遺骨を展示する部屋も設けられています。

Q3:南京事件をめぐる「虚構」論とは何を指しますか?
A:南京大虐殺の事実性そのものを否定する主張を指します。記事で紹介されている読本は、この主張を「歴史を勝手に書き直し、日本侵略者の罪を否定しようとしている」ものだとして明確に否定しています。

Q4:読本にある「戦犯裁判」とは何を指していますか?
A:第二次世界大戦後に、戦争犯罪の責任を問うために行われた裁判を指します。記事では、当時の南京市の総人口が20万人だったという報告が、この戦犯裁判で証言されていたことが紹介されています。

(本稿のポイント、リード、FAQの文責:Japan In-depth編集部)

トップ写真:Japanese Forces March Into Nanking

出典:Bettmann / 寄稿者/ GettyImages




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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