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.経済  投稿日:2014/9/25

[神津多可思] 【110円目前、進む円安の背景】~為替レート政策誘導は至難の業~


神津多可思(リコー経済社会研究所 主席研究員)「神津多可思の金融経済を読む」

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ある大学で法学部3・4年生を対象に金融論と国際金融論を教えているが、その分野の標準的な考え方を、専門的な技術論抜きで分かりやすく説明するのは本当に難しい。本コラムでも月に1回くらいは、理屈ネタを書こうと試みてきた。今回は、為替レートの話である。

このところ、米国の中央銀行すなわちFRB(連邦準備理事会)による量的緩和の終了、さらに中央銀行すなわちFRB(連邦準備理事会)が金利を動かす通常の金融政策への復帰といった動きを受け、再び円安が進行している。これからも分かるように、金利の動きが将来どうなるかということが、為替レートを決める重要な1つの要因と考えられている。金利が高い通貨のほうが人気がある、つまり投資家が買うということだ。

米国の金利が上がり、日本の金利は異次元緩和の下で当分ゼロのままであるなら、円建ての金融資産の運用を止め、ドル建ての金融資産の運用に変える人が増え、その結果、ドル高・円安になるというわけである。

一方、もう少し長い目でみると、物価上昇率の高い国の通貨ほど安くなるという傾向もある。良く引き合いにだされるのは、グローバルに展開している企業の同一製品の価格を都市毎に比較するものだ(有名な英エコノミスト誌の「「ビッグマック指数」もその一つ)。同じ会社の同じ製品なら世界のどこでも同じ価格になるはずと仮定すれば、インフレの国でその価格がどんどん上昇し、デフレの国でどんどん下落する場合、それをバランスさせるためにはインフレ国の通貨が安くなり、デフレ国の通貨が強くなるという形になる。

これが購買力平価(PPP)と呼ばれる考え方だ。この観点から見ると、これまで長きにわたり米国の物価上昇率のほうが日本のそれよりも高かったので、円ドル相場には一貫して円高・ドル安の力が加わってきた。しかし、日本のインフレ率の上昇等に伴って事情は変わっている。現状、購買力平価の面からの円高圧力はほとんど解消していると言って良い。

さらに、伝統的には、為替レートは対外収支と関連が深いとされてきた。まず、為替レートは貿易収支を均衡させるよう動くという考え方がある。貿易黒字国の通貨は切り上がり、貿易赤字国の通貨は切り下がるというものだ。そうだとしても、先頃まで一貫して貿易黒字国だった日本は、今や赤字国に転落した。この点でも状況は様変わりだ。

他方、対外純資産の大きい国ほど通貨に切り上げ圧力が加わるという見方もある。対外純資産とは、ごくラフに言えば、毎年の経常黒字の累積である。外貨で経常黒字分を受け取っても、それはそのままでは国内では使えない。したがって、外貨の受け取りが累積すればするほど、それを円に換えようとする圧力が高まるというストーリーだ。これについても、日本の経常収支はなお黒字だが、貿易収支の大幅赤字を受け、黒字幅はかなり小さくなっている。この面でも、円高圧力は弱まっていると言える。

因みに、この他にも紛争、テロ、天候異変など、世界で起きる様々な出来事に為替レートは敏感に反応する。しかし、これらの事象を経済モデルに体系的に組み込むのはなかなか難しい。

以上のように、為替レートがどう決まるかについてはさまざまな考え方があり、さらにややこしいことに、支配的となる理屈はこれまで局面により入れ替わってきた。ところが、めずらしいことだが、ここでみたように、現在、主要な考え方がみな円安方向の動きをサポートしている。そうした中で、対ドルで110円に迫ろうという円安になっているが、経済界みながそれを手放しで歓迎するというムードではない。これもまた昨今、珍しいことだ。

為替レートは、インフレや対外収支といった実体経済と密接に関連している。しかし同時に、それはグローバル金融市場でそれこそ毎秒毎秒、時々刻々動くものであり、常に実体経済とバランスしているわけでもない。その為替レートを、経済全体として一番塩梅の良いところへと政策的に誘導するなどというのは、無理とは言わないまでも至難の業なのである。

 

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