[岩田太郎]【金正恩暗殺映画の衝撃内容とは!?】~権力者に迫るインタビューの「あるべき姿」~
岩田太郎(在米ジャーナリスト)
「岩田太郎のアメリカどんつき通信」
ソニーの映画子会社、米ソニー・ピクチャーズエンタテインメントが12月25日に全米330館で限定的に公開した、北朝鮮の指導者・金正恩氏の暗殺コメディー映画、『ザ・インタビュー』は、初日だけで1億2千万円ほどの興収をもたらした。
日本人として気になる部分としては、劇中、日本海を「日本海」と呼び、「東海」とは言っていない。アジア人として引っ掛かるのは、アジア訛りの人間が小馬鹿にされ、矮小化されているところか。
また、非西洋を女性化し、白人男性による性的征服の対象とする植民地主義的な思考の総体「オリエンタリズム」が、作品に一貫して見受けられる。ディズニー映画で、いつも自民族より白人に味方し、先住民の地を侵略させた「ポカホンタス」や、スペインの征服者コルテスの妾となり、先住民の自己統治を終わらせた「ラ・マリンチェ」などと同じパターンで描かれる北朝鮮女性が、ヒロインとして登場する。金正恩氏に仕える「喜び組」のトップレスダンサーによるショーのおまけ付きである。
B級ではあるが、この映画には非常に秀逸で、迫真の描写がある。それは、作品の題名にもなっている、アメリカ人ジャーナリストの主人公の一人による金正恩氏のインタビューだ。その様子は、アメリカだけでなく、北朝鮮国内でも生中継されるという設定だ。
(この先は、核心部分のネタバレ注意。)
インタビューの冒頭では台本通り、金正恩が聞かれたい質問だけを尋ねる主人公だが、途中で牙をむく。突然、こう聞くのだ。
「なぜ、あなたの国では国民の3分の2が飢えているのか」。
うろたえる金正恩。こんな質問は台本にはない。二人は、丁々発止の言い争いになり、金正恩が反撃する。
「あなたの国アメリカでは、人口規模で我が国よりも多くの人たちを収監していることを、知っているか」。
金正恩の反論のもっともさに、今度は主人公がうろたえる。だが、結局はそれをスルーしてしまう。そして、北朝鮮の内実をさらに暴露し、金正恩は怖れのあまり、生中継のインタビュー中に脱糞してしまう。
北朝鮮の矛盾が暴露される一方、「おしっこもクソもされない、神のはずの首領様が脱糞された」ということで、生中継を見ていた北朝鮮の軍や人民の間で金正恩は権威を失い、国内で反乱が起こる。
米国人観客は、ここで溜飲を下げるのだが、映画という架空の世界での倒錯だろう。なぜなら、米国の権力者を、あれだけ徹底的に追い詰める米国人ジャーナリストは、いないからだ。
最近の米国テレビのアマゾン会長ジェフ・ベゾス氏のインタビューでは、劣悪でブラックな発送倉庫の労働環境は聞かれなかった。フェイスブックの創業者、マーク・ザッカーバーグ氏に、同社による顧客のプライバシー侵害を突っ込んで聞いたインタビューアーはいない。アップルのティム・クック会長に、劣悪なiPhone製造工場の労働環境を徹底的に追及するインタビューもない。
気鋭の評論家エズラ・クライン氏は5月に、元米財務長官のティモシー・ガイトナー氏が回想録を出版した際にインタビューしたが、問題の核心である、「なぜ金融業界を助けて、金融業界の罪のツケを払う庶民は救済しなかったか。なぜ、銀行の重役は投獄されないか」についての追及が甘く、インタビューは、ガイトナー氏の本の告知と化していた。
オバマ大統領に、テロリストを拷問した米関係者が処罰されないことを、食い下がって聞く米国人の聞き手がいるだろうか。無防備の市民に対して警察が全面的な生殺与奪権を行使し、少しでも権力に逆らえば殺傷し、処罰されない制度について、失礼なほど聞くジャーナリストはいるか。
『ザ・インタビュー』は、米国人にそのような自国の現実を忘れさせてくれるアリバイ作品なのだ。
【あわせて読みたい】
[宮家邦彦]【北朝鮮のサイバー攻撃、米が強硬な理由】~プロ(軍)ならともかく素人(企業)には手を出すな!~
[古森義久]【金正恩暗殺を題材にした映画、モデルあった!】~タリバンによる反対勢力幹部暗殺事件~
[岩田太郎]【金正恩暗殺映画上映中止、米で大激論】~日本批判映画には冷静な対応を~
[古森義久]【北朝鮮関与か?ソニーへのサイバー攻撃】~ソニー関係者の関与疑惑も浮上~