[小黒一正]【第二の敗戦=財政破綻を回避せよ】~政権の財政改革に対する本気度、問われる~
小黒一正(法政大学准教授)
「小黒一正の2050年の日本経済を考える」
2015年は太平洋戦争での敗戦から丁度、70年の節目の年である。1945年8月15日正午、無条件降伏を盛り込んだポツダム宣言受諾の聖断を前日に下した天皇は、国民にラジオ放送により終戦の詔勅を発した。
敗戦直前まで、政府は戦費調達のために大量の戦時国債を発行した。戦争中に政府が命令や契約の形で国民に支払いを約束した「戦時補償債務」は累積し、1945年頃には政府債務(対GDP)は約200%に達していた。これは明らかに支払い不能であったため、敗戦直後、政府は「戦時補償特別税」を戦時補償債権に課し、実質無効にした。すなわち、支払い額に100%の税を課すことで全額帳消しにしたのである。そして、「新円切替」や預金封鎖を行うとともに、資産没収のための財産調査が行われた。
また、日銀は紙幣を大量に発行し、急速にインフレが進み、戦時国債等は紙切れ同然になった。それから約70年が経過した。いま政府債務(対GDP)は敗戦直前の200%を既に超えている。政府債務が200%超に達したからといって、必ず財政が破綻するとは限らないが、財政破綻の確率が高まっていることは確かである。
これだけ政府債務が累増しても、財政が安定しているのは、日銀が異次元緩和で国債を大量に購入している影響も大きい。だが、緊急出版した拙著『財政危機の深層』(NHK出版新書)でも説明しているように、財政の限界と同様、異次元緩和にも限界がある。もし財政破綻となればいま直ぐにという訳ではないが、それは「第二の敗戦」になると言っても過言ではない。
また、債務累増の背景には、急速な高齢化で膨張する社会保障費の要因も大きい。このため、政府は財政再建の観点から、社会保障・税一体改革を進めており、2015年度に国と地方を合わせた基礎的財政収支(対GDP、以下「PB」という)の赤字幅を半減、2020年度までにPBの黒字化目標を掲げ、昨年4月に実施した消費税率引き上げ(5%→8%)のほか、2015年10月の消費税率引き上げ(8%→10%)を予定していた。
このような状況の中、安倍首相は経済成長の下振れ懸念が強まったと判断し、2015年10月に予定していた消費増税を1年半延期としたが、昨年末に開催された経済財政諮問会議では、2015年度の予算編成に向け、基礎的財政収支の赤字幅を対GDP比で半減させる目標を断念しないことを明確にした。
また、安倍首相は、昨年の衆院選における党首討論会等で、「歳出もしっかり見直しながら、2017年4月の消費増税を前提に2020年度のPBの黒字化を目指す」旨の発言もしており、財政を巡る現状は厳しいが、社会保障改革にも切り込みつつ、財政再建に向けた道筋をしっかり付ける必要がある。
その際、財政再建に向けた取り組みの重要なフレームとなるのが、毎年、内閣府が予算案の国会提出に概ね連動して公表する「中長期の経済財政に関する試算」(以下「中長期試算」という)であるが、中長期試算の前提は大きく変化している。
というのは、昨年に内閣府が公表した「中長期試算」では、消費税率が2015年10月に10%に引き上がり、14年度の実質GDP成長率が1.2%であることを前提にしていたが、増税は延期され、14年度の成長率はマイナスとなる可能性が高い中、その前提は崩れているためである。例えば、日経センターが12月5日に発表したESPフォーキャストによると、2014年度の実質成長率は0.5%減となっている。このため、2015年1月に内閣府が公表する「中長期試算」において、政権の財政再建に向けた政治的な意志が最初に確認できるはずである。
なお、最近復刊となったブキャナンとワグナーの名著『赤字の民主主義 ケインズが遺したもの』(日経BP社)では、「現実の民主主義社会では、政治家は選挙があるため、減税はできても増税は困難であり、民主主義の下で財政を均衡させ、政府の肥大化を防ぐには、憲法で財政均衡を義務付けるしかない」旨の指摘があるが、安倍首相が財政再建の目標を堅持していることは評価できる。
いずれにせよ、敗戦から70年後の節目のいま、第二の敗戦を回避するため、財政・社会保障改革に対する政権の本気度が問われており、新安倍政権の取り組みに期待したい。
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