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.国際  投稿日:2019/4/27

情報銀行の鍵「情報利用権」


小黒一正(法政大学教授)

 

【まとめ】

・データ覇権新時代、日本発「情報銀行」構想の鍵は「情報利用権」。

・日本は手続きが煩雑。円滑な個人データの開示・移行はほぼ不可能。

・機械判読可能なデータ形式、個人データ生成企業への誘因等が必要。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=45437でお読みください。】

 

「平成」が終わり、「令和」という新たな時代が始まる。新時代はデータ覇権の時代だが、アメリカではGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)、中国ではBAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)が膨大なパーソナルデータを独占しつつある。このような状況の中、日本が形勢逆転の手段として取り組み始めているのが日本発の「情報銀行」構想である。

情報銀行とは、個人からパーソナルデータを預かって管理し、本人の希望に従って企業などにデータを提供する事業やサービスをいう。データの提供に際し、情報銀行はパーソナルデータの匿名化を行うのが基本となろうが、データを提供した個人には、企業から一定の報酬やサービス等の対価が支払われる。


▲図:情報銀行のイメージ 出典:「AI、IoT時代におけるデータ活用ワーキンググループ 中間とりまとめの概要」(内閣官房IT総合戦略室)より

本人の希望が変わったときはデータを消去できる権利も重要だが、個人が自らのデータを情報銀行に預けるためには、企業が保有するパーソナルデータを引き出し、(情報を共有する)情報銀行に移転する必要があり、「情報銀行」構想の鍵を握るのが「情報利用権」(仮称)である。

筆者が提案する「情報利用権」は、別の事業者やサービスのため、機械判読可能な形式でデータをリアルタイムで情報銀行に移転することを可能とする権利で、欧州(EU)の「データポータビリティー権」に近い概念だが、パーソナルデータを生成する企業にもデータ移転で個人が得た報酬の一部を返すことを義務づける点などが異なる。以下、この理由を説明しよう。

まず、機械判読可能な形式の重要性である。欧州(EU)では域内の統一的なルールとして、データポータビリティー権を含む「一般データ保護規則(GDPR)」が2018年5月から施行されており、データポータビリティー権を利用すれば、個人が自らのデータを別の事業者やサービスで利用できるよう、機械判読可能なデータ形式で取り出し移転することを企業に要求できる。企業が違反すると、巨額の罰金規定が適用となる。

日本でも、個人情報保護法の改正(2017年施行)により、パーソナルデータの開示が企業に義務付けられている。例えば、同法28条1項では「本人は、個人情報取扱事業者に対し、当該本人が識別される保有個人データの開示を請求することができる」とされ、同法34条の規定に基づき、企業が開示等を拒否したときは提訴も可能である。

しかしながら、欧州(EU)のデータポータビリティー権と比較すると、手続きが煩雑で使い勝手が極めて悪い。例えば、某企業のホームページを見ると、次のような手続きを要求される。

①まず、ホームページからPDFファイルの「個人情報開示等請求書」をダウンロードし、ボールペン等で記載する。

②次に、運転免許証・健康保険証・パスポート等の公的機関が発行した書類をコピーする。

③その上で、開示請求の手数料として、800円分の郵便定額小為替を購入し、①・②の提出書類に同封して郵送するというものである。

企業によっては、郵送もできず、事業所まで書類を持参する必要があるケースもあり、開示報告書も機械判読可能なデータ形式でなく、紙ベースが多い。このため、日本では、個人が自らのデータを開示請求し移行するコストが大きく、情報銀行にパーソナルデータを預けるときのハードルが高い。すなわち、我が国の個人情報保護法が定める手続きでは、情報銀行の成否を握るデータ移転を円滑に行うのは不可能に近い。

▲写真 日本では企業に個人情報開示請求する際に運転免許証コピーなどの郵送提出が求められるケースも 出典:Public domain (ウィキメディア)

なお、日本国内でも、グーグルやフェイスブックが保有するデータは簡単に取り出すことができる。例えば、グルーグルでは「Google Takeout」というツールがあり、グーグルが保有するパーソナルデータ(例:GoogleマップやGmail等のデータ)を個人が簡単にネット上からダウンロードできる。また、フェイスブックでも、投稿内容等を簡単に取得できるが、グルーグルやフェイスブックは一部の例外である。

企業の多くで「データポータビリティー権」に否定的な理由は、データを移転してもメリットが何もないためである。この問題を解消するためには、パーソナルデータを生成する企業にもデータ移転で個人が得た報酬の一部(例:数パーセント)を返すことなどのルールが必要であり、その義務づけを盛り込んだものが「情報利用権」である。報酬の一部を受け取ることができるならば、情報銀行と協働しながら、データを生成する企業もデータ移転をしやすい環境整備を行うインセンティブが生まれるはずである。

また、データの移転をリアルタイムで円滑に行うためには、移転対象となるデータ形式の標準化を図るとともに、本人の指紋認証など、いくつかのセキュリティをかけながら、個人の指示に従ってボタン一つでデータ移転や共有が可能となるスマホのアプリ等の開発も望まれる。

 

トップ写真:個人情報イメージ 出典:pixabay


この記事を書いた人
小黒一正法政大学教授

法政大学経済学部教授。1974年生まれ。京都大学理学部卒業、一橋大学大学院経済学研究科博士課程終了(経済学博士)。1997年 大蔵省(現財務省)入省後、財務省財務総合政策研究所主任研究官、一橋大学経済研究所准教授などを経て、2015年4月から現職。財務省財務総合政策研究所上席客員研究員、経済産業研究所コンサルティングフェロー。鹿島平和研究所理事。専門は公共経済学。

小黒一正

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