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.社会  投稿日:2015/1/3

[為末大学]【嫌いな人を叩いてはいけない理由】~安藤美姫さん「3ショット」写真炎上について~

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為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)

執筆記事プロフィールWebsite

正月でひまなので安藤さんの一件に言及してみる。これは最近私が気になっていることでもあったから。私は社会にとって悪影響が大きいから、という理由からこういった他者を嫌いと言うだけで叩くことはしないほうがいいと思っている。まず幾つかの彼女を叩いていい理由があったのでそれを羅列してみたい。先に伝えておきたいのは叩いていいことと、叩かれることは防げないのは別の話。

1、他の選手は嫌われていないのに安藤さんは嫌われているから

2、人を罵る言葉であれ、言論の自由がある

3、目につくから。何か言われるのが嫌ならsnsにあげなければいい

4、不愉快な思いをした人がいたから

5、一般人も叩かれているから

1に関して。昔、クラスでいじめがあり、それが発覚し学校単位で話し合いが行われた時のいじめっ子の言い分が『だってみんなその子のこと嫌いだった から。その子にもいじめられる原因があると思う』だった。みんなに嫌われることが罪であるというのは個人の勝手な思い込みで、それを理由に相手を攻撃していいことにはならないと私は考える。ナチスドイツに反対した嫌われ者のドイツ人について書かれた本を読んだことがある。集団の多数決に正義を依存する人は、最も大きな悪を犯すというのハンナアーレントがアイヒマンの裁判で喝破した。

2はヘイトスピーチを肯定する人たちのロジックではないかと思う。私は愚行権という言葉が好きで、仮に他人が愚かなことをやっていてそれが気に食わなくてもそれが実際に社会や自分に害がない以上は容認せよという考えだ。相手を嫌う自由はあっても、理由もなく面と向かって相手に嫌いと罵る自由は私はな いと思う。

3と4に関しては安藤さんが誰かを名指して不愉快な思いをさせたわけではない。言ってみればアーティストが自分の絵を書いてそれを道に掲げていた時に、歩いていてそれが目に入るので気にくわないと文句を言われるようなものだろうか。そういった人はその絵が気に入っている他の人の存在に思いを馳せることができていない。また心理的背景を考えると自分には見るもの、興味をもつものを選択をする力と自由があると思えていないのではないだろうか。

5について。一般人がsnsに自分の子供の顔をあげて炎上した例があるのかもしれないが私はよく知らないが、知っている限りではないように思う。あ る程度影響力がないと些細なことで炎上させるのは難しいという点で、有名である人とそうではない人の境目はあると思う。ちなみにだから一般人は叩かれてい ないとは考えていない。

いじめと同じで、無くそうと努力はできても、実際にこういった事例がなくなることはないと思う。意見にもあったが、無くせないんだからしょうがない よねという選択は私はすべきではないと思っている。叩かれることはある程度避けがたいというのは認識した上で、叩いてもいい事にはならない。何度もいうけ れど嫌うことは問題なく、嫌悪を理由として相手に攻撃をするということが問題だと考えている。

ただ嫌いというだけで相手を叩くことが容認される社会では、嫉妬による攻撃も容認されるし、普通とは違うような才能を持った人間への攻撃も容認され る。そして最も大きな社会への害は、安藤さんへの実害ではなく、こういうひとつひとつの事例をみて子供たちが社会での振る舞いを学習してしまう事だろう。 そういう社会では天才が育ちにくく、結果として社会の損失だと私は考えていて、だから反対する。

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