[安岡美佳]【「正しいと思う事」を追求しよう】~デンマーク流生き方に学ぶ~
デンマークに移り住み,はや9年目.紆余曲折の渡伝(デンマークに来ること)で,しばらく鳴かず飛ばずの毎日だったからか,9年目の今になってようやくこの国の悪い点ばかりでなく,良い点にも目を向けられるようになった.良い点が強調されて報道される日本向けデンマーク情報の中にあり,かの国のマイナス面の話もバランスを取るためには価値があるとは思われるし,個人的観点とはいえ,マイナス面や一般的な視座とは別の観点を示すことを本エッセイでは,目的にしている.ただ,年始の初エッセイでは,プラスの面を少しばかり強調した,少し概念的なデンマークの話をしたいと思う.
幸せの国といわれるデンマークにあって,不幸せだなと思うことが多かった毎日の生活で,その中でも感銘を受けたというか,驚かされたデンマークの特徴がある.それは,純粋なまでに正当であるのだけれどオトナになったらそれは言わないだろう的な「正しいと思うこと」を「真面目に主張する人」が沢山おり,「それを正面から受け入れて議論をする人」がいるという事実だ.
なぜ,それが可能になるのか,明確な結論は自分でも出せてないのだが,この傾向は,北欧において,毎日の生活から政治の世界にまで至るあらゆる場で見られる傾向のようなのだ.日本にも,そんな人や団体はそれなりの数いると思われるが,彼らは「なにその高校生のような非現実的な感覚は?」という視線を向けられるマイノリティーだろう.それがマジョリティとして存在するのが,デンマークなのだ.
例えば,ある30歳の女性がこのようなことを言ったとする.「人間は皆平等であるべきだ.困っている人は助けるべきだし,飢えないだけの食事をあげるべきだし,住む場所だって提供するべき.私たちは,運命共同体の地球という星で生きているわけだから」それは確かに正論なのかもしれないけれど,これを小学校の教室で言うか,国会で言うのかで,その意味するところは変わってくる.
そんな人道主義,平等主義,自然主義を政策として主張するのが,マイナー政党ではあるけれど,きちんと議席を獲得している政党Enhedslisten(赤緑同盟)であり,その先鋒に立ち,メディアの寵児となっているのが同党の顔ヨハンネ・シュミッド・ニールセンだ.初めて彼女を見たとき,その見目麗しい容姿,力強いスピーチ,そして何よりも老齢の政治家にも議論負けしない強さ,そしてその若さ(84年生まれ)に驚かされた.
この「正しいと思われることをする」態度は,なにもマイナー政党に限られる訳ではない,何を隠そうデンマーク政府がその急先鋒なのだ.国際戦略的な点もあることを補足しておくが,グリーンなエネルギーである風力発電に力を入れる,2050年までに脱化石燃料を掲げ,より環境に優しい社会の推進を世界中に呼びかける,豚などの動物が屠殺される際に苦しまないようにするべき(注1)とかなり極端な動物福祉を推進するといった政策を,デンマークは取る.いや,それは確かに正しいのかもしれないけれど,そんな提案真面目にしていいの?と言いたくなる提案を次から次へと繰り出してくるのがデンマークなのだ.
なぜデンマークの政治家はそんなバカ真面目な世間知らずの高校生のような主張をするのかという点は,実は本論での主題ではない.主張したいのは,現代社会でオトナとして非現実的かつ無責任ではないかと思われるような提案を大真面目に目標に据え,それをどうしたら政策的に達成できるかということを,財政や社会状況を考慮しつつ議論して解決策を模索する,という至極当然だが,日本の政治や社会ではそれほど見られてないと思われるアプローチが,デンマークでは機能しているということである.
日本が愛する水戸黄門では,かならず悪代官が登場し,金の延べ棒が入った包みを悪い奴らからもらうシーンが出てくる.それを隠密が報告し,悪の征伐につながる.現代ドラマで扱われている政治ドラマでも同様で,対立政党の裏の裏をかき,戦略戦術を駆使して,政策を通すなどが日常茶飯事だ.政治というのは,裏でこんな悪い奴らが暗躍しているんだと思ったものだし,政治では,政局が非常に重要であり,党内,野党・与党間など組織内駆け引きが行われることは常識であり,政策を持って猪突猛進に主張するのは世間知らずなだけだと思っていた.少なくとも,私はデンマークに住むまでは,政治とはそんなものなんだと思っていた.
デンマークでは,多くの人が真面目に自分の「正しいと思うこと」を主張する.そこには謀略や戦略戦術は存在しない(注2).それが青かろうがなんだろうが,正面から自らの主張を持ってコラボレータ(対立者とも言う)との議論を繰り広げ合意点を模索する.実際問題,主張ばかりでなく,人間関係も重要だし,対面を傷つけられることを極端に嫌う人もいる.組織内政治ももちろん存在する.ただ,そんな中でも,オトナが「正しいと思う主張」をすることに対する許容度が驚くほど高く,人間・組織関係を超越する.
デンマーク政治における政治家の議論を見ていて,組織の会議に出席して,その他各所で,いい歳したオトナでも「純粋にこうあるべきだと考えること」「正しいと思うこと」を主張しても良いんだということを学び,そのような「一見夢物語」を実際に現実に達成することが可能だということに驚きを感じている.
年始にあたり,純粋に自分(社会/政治)はこうあるべきだという姿を模索し,それに向かって目標を掲げることは悪くないよというメッセージとしたい.あまりにも純粋な夢で「オトナ」な周囲から馬鹿にされたとしても,実際に夢のような目標を掲げてその実現のために一歩一歩進み,確実に成果を上げている国や国民があることを知ってもらいたいと思う.
注1)豚はデンマークの輸出最大品目の一つ
注2)もちろん政治の世界で,政党間で,政策を通すための駆け引きが全くないわけでも,根回しがないわけでもない.ただ,対立政党を出し抜くためといった本質以外の駆け引きが最低限しかない.
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