[岩田太郎]【反グローバル化との戦いが最優先】~もやもや「ピケティ」の疑問点 3~
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岩田太郎(在米ジャーナリスト)
「岩田太郎のアメリカどんつき通信」
トマ・ピケティ教授(43)は、故郷フランスで尊敬されない預言者だった。同国の現社会党政権の経済顧問であったが、その提言が受け入れられず、袂を分かった。世界的に有名になった今も、絶縁状態だ。元旦には、オランド政権の和解ジェスチャーともとれる最高の栄誉、レジオン・ドヌール勲章の受章を拒否し、世界中の話題になった。
こうしたなか、彼を世界的な「ロックスター・エコノミスト」に祭り上げたグローバル化への心情的傾倒は、より深くなっているように見える。彼は言う。
「グローバル化に対する強烈な巻き返しは理解できる。だが今日において、人々はグローバル化に愛着を持っていることも事実だ。皆が互いとつながり、幸福になっている。だから、今は巻き返しがあろうとも、早晩、欧州内の協力が増大していくことだろう。」
「人々の(グローバル化の結末に対する)憤りは大きくなる一方なので、早急な解決策が求められる。労働者階級や中産階級は、欧州統合がエリート層のみに恩恵をもたらすと確信している。悲しいかな、彼らが正しい面も多い。甘い民族主義の誘惑の声は、強く、そして大きくなるばかりだ。」
ここ数か月、グローバルに講演をこなすピケティ教授は訪問先の国々で、「私の本の主要敵は、民族主義と国家主義だ。とくに知識民族主義(インテレクチュアル・ナショナリズム)がそうだ。」と述べ、繰り返し民族主義を攻撃している。彼の主な関心は依然、欧州政治、とりわけフランス国内にある。
ピケティ教授の本当の敵は、経済格差拡大ではなく、仏極右政党の国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペン党首(46)に代表される、フランスや欧州での反グローバル化の高まりなのだ。格差是正は、その敵と戦う道具に過ぎない。
だが、ピケティ教授の処方箋であるTTIP(環大西洋貿易投資パートナーシップ)による国際課税強化は、再分配の具体性や透明性や民主的プロセスを欠く。一方、TTIPに反対する極右ルペン党首の経済政策は、再分配の方法論がはっきりし、時に左翼的であり、具体性に富み、それゆえ労働者階級のウケがよい。
一方で、ピケティ少年の両親は、裕福な家に生まれ大学教育を受けた指導的立場の知識人であり、パリでトロツキスト政党の活動家だった。しかし、子供をつくってはならぬという党紀に違反し除名され、仏南部の田舎でヤギを飼い、チーズを売って生計を立てる農家として出直した。つまり、ピケティ氏は、知識人ながら、労働者階級に「身を落とした」両親の下で育ったという数奇な出自を持っていることは余り知られていない。
さて、グローバル化がフランスをも巻き込んで進行する1990年代に、ピケティ氏は英国で博士号を取得し、その波に乗ってキャリアを積んでいく。1993年から1995年まで、米マサチューセッツ工科大学(MIT)で助教として勤務し、国境を超越した研究という方向性を歩むのである。
帰国後も、各国研究者の仕事を同期させ、まとめ上げる非凡な才能を発揮して、グローバルな活躍をする。2013年9月には満を持して『21世紀の資本』を本国フランスで出版する。だが当初、この本はそれほど注目を集めなかった。
世界的ピケティ人気は、2014年3月に英訳が米国で発売され、グローバルな旋風が巻き起こってから燃え上がった。つまり、現在のピケティ教授に対する注目度の高さは、「米国プレミアム」が基礎なのだ。
ピケティ教授を形作ったのはグローバル化であり、同時に彼はグローバル化の最大級の受益者であり、その仕事もグローバル化を擁護する目的で行われている。彼は、極端な弊害をもたらすようになったグローバル化を再生させて救う、「改革派」の伝道師なのだ。
ピケティ教授は自分を見下していたフランスの勲章を拒絶できるまでに「出世」した。故郷は今やっと、預言者を受け入れ始めたのだ。その預言者は、反グローバル化との闘いで、「グローバル化改革」というドグマを布教し、今まで戦略的に用いてきた左翼的な言説から脱しつつある。
(了。このシリーズ全3回)