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.国際  投稿日:2015/5/18

[岩田太郎]【米・列車事故、3つの謎が急浮上】~投石を受けたのか?加速し続けた理由は?~


 岩田太郎(在米ジャーナリスト)

「岩田太郎のアメリカどんつき通信」

執筆記事プロフィール

米ペンシルベニア州フィラデルフィア市近郊で5月12日に脱線転覆し、8人の乗客が死亡、200人以上が負傷した事故の詳細が徐々に明らかになってきた。その中で、新たな謎が浮かび上がってきた。

具体的には、

(1)事故列車は、投石を受けたのか。投石があったとして、何故ほぼ同時刻に被害を受けた別列車のように運行停止しなかったのか。

(2) 事故列車の運転士は、投石を受けた別列車の運転士に、「こちらも投石を受けた」と無線で応答したとされるが、なぜ列車指令所に報告しなかったのか。

(3) 事故列車の機関車は運転士がボタン押下の操作を続けないと停車する設計だったため、運転士は最後まで意識があったことになる。では、なぜ減速すべき場所で列車が加速したのか、

が疑問点だ。

全米鉄道旅客輸送公社(アムトラック)の列車脱線事故が起こったフィラデルフィア市では、不良少年などによる列車への投石事件が頻繁に起きる。事故現場付近では事故の夜21時5分、アムトラックのアセラ号が軽い投石を受けた。

次いで21時10分、南東ペンシルバニア交通局(SEPTA)のローカル近郊列車も狙われた。このケースは重大だった。乗客によると、「ドカーン」という大音響があり、列車は大きく揺れた後、すぐに停止。フロントガラスにはひび割れが多く、それ以上の運転はできなかった。運転士はすぐに車内放送で「この列車は運行停止になります」と告げ、警察が呼ばれ、乗客は線路沿いに避難した。

この運転士は、列車指令所に投石を受けた旨を指令所に無線で報告した。ブランドン・ボスティアン運転士(32)が運転する事故列車の女性副車掌は、事故調査を担当する米運輸安全委員会(NTSB)に対し、ボスティアン運転士が「自分の列車もやられた」と応答したと記憶していると話した。当該機関車のフロントガラスには、確かにグレープフルーツ大の衝突痕がある。

この無線会話は録音されており、NTSBに提出済だが、実際にはボスティアン運転士は投石を列車指令所に連絡しておらず、「ボスティアン運転士が、SEPTAの運転士に自分も投石を受けたと話した」との副車掌の供述の信用性が疑われていると、『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙は報じた。なお、銃撃の可能性はNTSBによって否定されている。

やがて事故列車は、SEPTA列車のすぐ横を通り過ぎた。機関車には、運転席に液晶画面の速度表示がある。左側に加速用のスロットルがあり、右側には赤色警告ボタンがある。運転士は走行中、1分間に数回このボタンを押さなければ、非常ブレーキがかかる。運転士が急死・意識喪失した場合などに、安全停車させる仕組みであることから、「デッドマン(死人)ブレーキ」とも呼ばれる。

SEPTA列車との無線交信や、その横を通過したこと、また事故列車が21時21分の脱線直前に加速を続けたことは、ボスティアン運転士にかなり最後まで意識があったことを物語っているのではないか。脱線数秒前で非常ブレーキが動作したのがボタンの押下が止まったからだとしても、その前1分間にわたり、列車が時速110キロから170キロまで加速したのは不可解だ。

翻って、投石を受けたSEPTAの運転士は事件後に茫然とした様子であり、衝撃で判断能力が一時的に落ちる場合もあろう。さらに、事故当日の昼にボスティアン運転士が担当したニューヨーク発ワシントン行列車の運転席の表示系統が故障し、列車速度の判断を信号目視だけで行わなければならなったことが判明している。これが、彼の速度感覚と判断をその晩に狂わせた可能性も考えられる。

アムトラックは今春、運転士の休養時間が短く不規則になる勤務体制改変を行ったが、乗員組合は今回の事故がボスティアン運転士の疲れによるものと主張した。だが、NTSBは運転士に疲労はなく、線路・信号・機関車にも異常はなかったとしている。因みに、事故現場の反対の進行方向には自動列車停止装置(ATS)がすでに導入されており、もし方向が違えば事故は防げたかもしれない。

こうした中、フィラデルフィアの地元テレビ局WPVIは、「州検察が事故を捜査しており、訴追を行うことを検討中だ」と伝えた。その対象がボスティアン運転士なのかは不明だが、事故調査と捜査は重大局面を迎えている。

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