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.国際  投稿日:2015/10/29

[文谷数重]【中国は国際法を無視しない】~“米含む対中包囲網の形成”は誤り~


 文谷数重(軍事専門誌ライター)

執筆記事プロフィール

10月26日、米海軍は南シナ海で人工島地先での航行を実施した。中国、ベトナムの埋立地近傍を航過し、そこが公海であることを確認し実績を示した。

埋立地は領土とならない。満潮時にも露出しない岩礁は領海も接続水域も主張できない。そのため目鼻の先でどのような航行をしても問題はない。おそらく今回の行動でも無害通航として取り扱われないように、艦載ヘリの離着艦を意図して行っただろう。

■ 中国は国際法を無視しない
今回の航行について見取るべきものは「中国は国際法を無視しなかった」点だ。

注目すべきは「中国は嫌がらせはしなかった」ことだ。今回は単艦行動であったが、米艦に対して中国は嫌がらせもしていない。普段、演習監視や作戦行動で日米海軍に対して行われるような各種のゲーム、例えば衝突コースの維持や、異常接近、体当たり、砲や電波による擬似的な襲撃が行われたとする報道はない。

これは、中国も国際法については無視しないことを明らかにしている。中国は人工島を領土と主張し、その近傍・上空については対外的に「領海・領空である」とは主張している。だが、その無理筋について通用しないことを承知している。このため、その確認行為には何もしなかったのである。

「無理筋の主張をするが、実施はしない」には先行例もある。東シナ海の防空識別圏がそれだ。2年前の設定時には、当初は民間機についても無届での通過は認めない姿勢であった。もし届けなければ「撃ち落とすこともある」ともしていた。だが、設定以来、中国は無届民間機に危害を与えていない。一度だけラオスの民間機に「無届だから識別圏に入るな、帰れ」と指図した話があるが、それはプロレスだ。ラオスは中国の影響圏にある。

中国政府にも実務派はおり、国際法に反する行為はさせない。政府指導者は国民におもねって対外強硬的立場に乗り、そのような発言を行うことがある。これは日本だけではなく、中国も同じである。そして、尻馬に乗ろうとする当局者や軍人もいて、国民や指導者におもねって対外強硬的な措置を示すこともある。だが、その実施は実務家の力で抑えこまれる。

東シナ海防空識別圏では、日本はこの点から「無届で問題はない」と決心した。「中国は上空通過の自由を無視しない」と上空通過の自由を重視すると見とって、届出問題をなし崩しにしたのである。

今回も、米国は「中国実務家は公海使用の自由を覆させない」ことを見越している。これは単艦航行であることでもそれが現れている。かつての台湾海峡通過のような艦隊戦力や、豪州艦を含んだような緊張ある行動ではない。冷戦時代、予防的に実施した年一回実施した米海軍のオホーツクでの公海確認パトロールに近い。

行動実施の公言も、中国の実務家サイドを支援するものだ。米国は二週間ほど前から実施をアナウンスしている。これは周辺国への周知もあるが、なによりも中国の実務家に時間を与えたものだ。それにより強硬派の暴走を抑え、中国が面目を失わないように工作したものだ。

つまり今回の行動では、「埋立地周辺が公海として扱われた実績」を積んだだけではなく「中国は国際法を無視しない」ことも確認されたのである。

■ 米国の利益と周辺国の利益は異なる
逆に、今回の航海について誤った観測は「米国が南シナ海問題で反中国陣営に立った」と見做すものだ。

周辺国には確かに反中国の動きがある。ベトナムとフィリピンが対中強硬的態度に転じ、マレーシアとインドネシアも、中国との敵対関係に入らないように注意はしているものの、安全保障セクターは対中シフトに動いている。ちなみに、台湾は潜在的に中国と同一歩調である。

だが、今回の件で米国がその陣営に入ったわけではない。

そもそも、米国の利益と周辺国の利益は大きく異なっている。米国にとっての利益は自由航行と上空通過でしかない。それが確保されれば、あとはどうでもよい。そこでの岩礁や暗岩の取り合いや、海底資源や漁業資源の奪い合いには関与はしない。

米国は埋立自体を否定・反対しているわけではない。その地先が領海となり、上空が領空となることを否定しているに過ぎない。その点から、今回の行動をアメリカを含む対中包囲網の形成と見做すべきではない。

もちろん米国の安全保障セクターは、対中対峙を重視する。その点から軍隊同士ではベトナムやフィリピンに接近している。だが、経済分野では中国は米国最大のパートナーである。ベトナムやフィリピン程度の市場とは全く引き換えにならないものだ。この点から今後も中国とはうまくやっていく必要があるため包囲網には決して加わらない。この意味でも、対中包囲網そのものが幻想なのである。

■ 日本の利益も航海と上空通過だけ
日本本来の立場も米国と変わらない。日本にとっての問題も自由航行と上空通過の権利でしかない。埋立問題は他人同士の問題に過ぎず、手を出すと火傷するだけで現実的な利益もない。それで中国との関係をこじらせる不利益の方が大きい。

その点から、中国の埋立については日本も関与すべきではない。「力による現状変更は認められない」云々との自分の言葉に踊らされて問題に手を出し、中国と無用のトラブルを起こすべきではないということだ。

南シナ海での緊張は、むしろ東シナ海での緩和に繋がる点で日本にとっては好都合である。南シナ海については特に中国を名指ししたような批難はせず「みんな仲良く」程度に、無意味で無難なことを言っておけばよい。


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