[古森義久]【NHKがパリのテロで光を当てない部分】~ISの非人道的殺戮は「歴史」のせい?~
古森義久(ジャーナリスト/国際教養大学 客員教授)
「古森義久の内外透視」
奇妙だと思ったのは第一にはいまフランスだけでなく、国際社会が一致して始めたテロ組織への反撃とその壊滅を目指す努力をほとんど取り上げず、フランス国民が怒るよりも嘆き、和解を求めるという側面にのみ光をあてるという点だった。第二はテロの原因をもっぱらフランスや西欧での貧富の差や難民、移民の窮状に帰して、イスラム過激派の危険な教えという領域には近づこうともしない点である。
現実にはフランスはオランド大統領がテロ実行を認めた「イスラム国(IS)」に対する戦争を宣言した。シリアなどのIS占領地域への空爆も強化した。フランス国内では国家の非常事態を延長する措置もとられた。一方、国連安全保障理事会はISを「国際の平和と安全に対する地球規模で前例のない脅威」と断じ、その「テロ行為を撲滅するための努力を倍加する」という決議案を全会一致で採択した。フランスも国連も「ISのテロと戦う」という基本の決意を示したのだ。
一方、NHKの上記の番組はパリの市民が犠牲者に弔意を表し、嘆き悲しみ、国民の間の和解を祈るというような光景があくまで主体だった。断じてテロと戦うといういまのフランスの国家レベルでの強い姿勢はほとんど伝えられないのだ。
そしてこのNHK番組はもっぱら「テロの温床」にハイライトを当てる。フランスの隣国のベルギーにあるアラブ系、イスラム系の移民の多い地域を取りあげ、「テロを生み出しているのは貧困と高い失業率」だと強調する。さらにテロ実行犯の一部が刑務所でなにかを学んだらしいことを提示して、「刑務所がテロリストを生み出す温床」だとも解説する。
だが現実に世界のどこでも貧困や高い失業率に悩む人たちは多いのに、だからといって罪のない民間人を多数、残酷に射殺するという因果関係は立証されてはいない。刑務所に入ったらテロリストになるなどという断定も、まったくバランスを失する理屈だろう。
そしてこのNHKの番組は総括部分では今回のテロ事件の背景の最大要因として「歴史」をあげていた。欧州やフランスの長い歴史のなかでのゆがみや変則が今回のテロ事件を招いたという骨子の結論なのだ。
だがイスラム過激派中の過激派ISの特別に異様な非人道的殺戮行動の連続を単に「歴史」のせいにするのは、あまりにテロ側に寛容であり、偏った見方だろう。この種の殺戮を否定し、抑止しようとする最大限の努力こそ欧州、さらには全人類の歴史の正史なのだ。今回のISの行動は文明社会、市民社会を根底から破壊しようとする野蛮な犯罪なのである。人間の集団が貧困だから、失業率が高いから、あるいは刑務所に入ったからといって、みなこんな残虐行為に走るはずがないではないか。
だがISはイスラムの名の下に今回の犯行に走った。イスラム教徒全体としてはこの種の無差別殺戮は当然、否定し、糾弾する。ISのイスラムの教えがイスラム全体のなかでも異常だということだろう。だがそれでもISはイスラムの組織なのである。そのイスラム要因がなぜテロへと直結するのか。この点の解説はこのNHK番組にはツユほどもなかった。