[清谷信一]【納税者も驚愕、陸自衛生学校体育館狂騒曲 その2】~最前線で隊員の命を救えるか?~
清谷信一(軍事ジャーナリスト)
今年5月、防衛省が有事の際に最前線で高度な医療行為を行う「第一線救命士」の養成を平成29年度から開始するという報道がなされたが、有識者からは、開始時期が今から2年も先の平成29年度からでは遅すぎると指摘する声があがった。更に名称も「第一線救命隊員」から「第一線救護衛生員」へと変わり、何をする隊員を育成しようとしているのか分からないばかりか、これまで第一線に配備してきた衛生科隊員である「救護員」とは何をしてきたのだろうかという疑問がわく。
10月には「受傷後10分以内に応急処置を受けさせ、1時間以内に手術を受けさせる」という「衛生ドクトリン」が自衛隊幹部の雑誌「修親」で陸幕長によって発表がなされ、東京都の三宿駐屯地では訓練展示も行なわれたが、これは2003年ごろから民間の救急医療で言われ始めた「ゴールデンアワー、プラチナの10分」を言い換えただけであり、こちらも「軍隊が戦場でおこなう戦闘外傷患者の救命には全くそぐわない」と戦闘部隊からも有識者からも指摘があがっている。
筆者がファースト・エイド・キットの不備を繰り返し取り上げて来たのは、銃や爆弾による戦闘外傷は2分以内に手当を適切にしなければ死に至る例が多いからだ。実際に米軍ではファースト・エイド・ポーチや止血帯に手をかけたまま絶命した兵士の例が多数報告されている。そして、戦傷による死亡の9割は受傷から30分以内、最前線の治療施設に収容される前に起きている。
つまり師団や旅団の野外治療施設よりもずっと前線近くで素早く処置をしなければ、多くの隊員の生命や手足が失われるということだ。だからこそ、戦場で生き残るためには受傷直後に負傷した隊員自らが行なう救急処置が重要なのであり、そのためのファースト・エイド・キットを充実させ、その用法によく精通していなければならないと以下の通り、繰り返し主張してきた。
自衛隊員の命は、ここまで軽視されている
海外派遣の前に考えるべきこと(上)
自衛官を国際貢献で犬死にさせていいのか
海外派遣の前に考えるべきこと(下)
自衛隊は、やはり「隊員の命」を軽視している
戦闘を想定した準備はできていない(上)
現行の救急キットでは多くの自衛隊員が死ぬ
戦闘を想定した準備はできていない(下)
対応時間について「10分」などと考えていては戦死してしまう。それに1時間以内に手術を受けさせられる手術室が戦場にいくつあるのだろうか。戦争では平時よりも手術台の数が極端に少なくなるのは当然である。平時ですら、手術室の受け入れ人数を超える大量負傷者が発生した場合、災害プロトコールが発動し、「ゴールデンアワー、プラチナの10分」体制から非常事態体制に切り替わる。衛生科が本当に必要な尺度として定めたものを陸自幹部の機関誌の巻頭言で陸幕長に語らせたとはとても思えない。
更に言えば、自衛隊の旅団、師団など部隊での医官の充足率は2割しかない。インターンに至ってはゼロ、である。これで海外派遣はもちろん、国内での発生が想定されているゲリラ・コマンドウ事態に対処できるのだろうか。
筆者は、この医官の充足率に関して記者会見で中谷防衛大臣に質問。大臣は医官の不足をどのように補っているかという視点で以下のように述べた。
「駐屯地等の診療は、近傍の自衛隊病院での診療の必要、診療、また必要により医官が巡回診療を行うなどの対応を行っております。また、薬剤官が配置されており、風邪などの軽度の疾患、また慢性疾患に対する医薬品の処方を行っております。」
我が国の法律では薬剤師が患者に処方を出すことはできない。大臣の発言が事実であれば防衛省は組織的に違法行為、脱法行為を行っていることになる。これは法治国家では由々しき事態だ。「暴力装置」である自衛隊が法の統制を受けなくとも良い、あるいは法を曲げて良いということになる。これは法治、文民統制をないがしろにすることになる。
いずれの施策も、「専門家」であるはずの陸幕衛生部や陸自衛生学校が真摯に研究や教育を行ってきたとは思えないものばかりである。何かかが欠けていたり、不足していたりするレベルではなく、軍隊の衛生の常識から徹底的に乖離し、浮世離れしている。
そのような「平和ボケ」「浮世離れ」が体現されたあるコンサートが、9月28日、「自衛隊の衛生の総本山」である三宿駐屯地で行われた。
(この記事は、
【納税者も驚愕、陸自衛生学校体育館狂騒曲 その1】~「戦争ごっこ」レベルの第一線救護~ の続き。
【納税者も驚愕、陸自衛生学校体育館狂騒曲 その3】~浮世離れ?「衛生」総本山で疑惑のコンサート~ に続く。本シリーズ全5回。
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トップ画像:負傷者した隊員を引きずって安全な場所へ移動する自衛隊員(訓練)©清谷信一