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.社会  投稿日:2016/1/8

[清谷信一]【納税者も驚愕、陸自衛生学校体育館狂騒曲 その5】~「コンサートごっこ」をしている場合ではない~


清谷信一(軍事ジャーナリスト)

執筆記事プロフィールWebsiteTwitter

陸幕広報室は落成式の実施について、

「三宿地区内への体育館完成の周知、体育館建設に携わった隊員などへの慰労、安全祈願を目的として、隊員及び建設に関わった関係者等の参加の可能性を総合的に勘案するとともに、公務及び病院診療に支障が無い範囲で実施したものと考えています」

と、説明している。

だが自衛隊中央病院は防衛省や自衛隊関係者だけが利用するだけではなく、所在地域の中核的な病院でもある。平日は中央病院職員のほとんどが診療業務に携わっている。また衛生学校にしても教職員が定められたカリキュラムに従って教育を行い、学生は教育を受けている。このようなコンサートを平日に行えば業務にも影響があっただろう。

しかも、自衛隊員以外の入門が制限されている駐屯地の体育館を地域住民が使うわけではない。このため体育館の落成を「地域へ周知」する必要性はない。コンサートのために自衛隊中央病院職員や陸自衛生学校の家族にまで「動員」がかけられたようだが、平日であれば子供たちは通学しているし、両親も働いていることだろう。そのためか、用意された約500席は三分の二ほどしか埋まっていなかった。

そもそも単独で体育館落成のイベントを行う必要があったのか。事実、落成式からわずか1ヶ月と経たない10月24日創立記念行事が開催され、体育館で演奏会が開催された。この日は土曜日でもあり、コンサートはこの時に開催すれば参加者も多く集まり、支持も理解も得られたのではなかろうか。必要の無い行事や儀式を増やすことは、職員の業務に負担をかけ、費用も余分にかかる。その費用は国民の税金で賄われており、9月の平日にわざわざコンサートを別立てで開催する必要はなかったはずである。

更に言えば、当日は市ヶ谷の防衛省では陸自の「学校長等会議」があった。これは年1回行われ、陸幕長を初め陸自の各種学校長が出席して今後の教育方針を決める会議だ。陸幕広報室からの回答では、

「衛生学校長は、学校長等会議に最大限参加するため、体育館落成式に係る冒頭の行事執行後、コンサートには参加せず、学校長等会議へ参加しました。なお、衛生学校長不在間は、副校長が(学校長等会議に)参加をしました。学校長等会議は、体育館落成式の日程が決まった後に、開催日時が決まりました。」

とある。しかしながら体育館建設関係者への取材では、三宿駐屯地体育館の完成日は工期延長等で当初の予定よりも遅れ、流動的であったという。不確定な体育館の完成予定日に対して、学校長等会議のような、複数の職種にまたがる事前調整が重要な行事の開催日時が後に決まるようなことがあるのだろうか。

学校教育は年度計画のカリキュラムに従って行なわれているのであって、各学校が計画を立てやすいよう、学校長のスケジュールを組むための学校長等会議の予定の方が先に決まっているのが当然ではないか。

もし回答のとおり、体育館落成式の日程の方が先に決まっていたとしても、当事者意識としてどうなのだろうか。国の安全保障体制の大転換期に、その重要な部分を担う「自衛隊の医療体制が不備である」との批判を受けている最中であるにも関わらず「学校長等会議」よりも体育館落成式を重視するとはいかがなものだろうか。

衛生科職種が批判を受けている最中なのであれば、その教育の最高責任者たる衛生学校長は、学校長等会議の最初に衛生科職種としての改善の方針等を、各学校長を前にして述べるべきではないのか。衛生学校長たる松木泰憲陸将補の学校長、そして将官としての見識が疑われる。

自衛隊中央病院の意識も問題だ。3月18日にチュニジアの首都・チュニスのバルド国立博物館で発生した、外国人観光客が武装した男2人組に襲われた銃乱射事件にて、当時自衛隊中央病院に勤務していた医師、結城法子3等陸佐が負傷したことが報道された。この時は自衛官である医師が負傷したことそのものも話題になったが、当の結城3佐が出国前に申請を出さずにイタリア・ジェノバ発の7泊8日のクルーズ旅行に出かけたことが発覚し、停職2日の懲戒処分を受け,4月18日付で依願退職したことも報じられた。この事件から半年程度の時期に公私混同ととらえられかねないコンサートを開催することが適切であるとは思えない。

以上のことから、自衛隊中央病院、陸自衛生学校ともに当事者能力を疑われても仕方あるまい。筆者はコンサートの翌日に防衛大臣質問にてコンサートの件を尋ね、防衛省とのやりとりや経過についてブログにアップしたところ、直ちにコンサートを開催したことへの批判やその必要性について疑問に思う声が寄せられた。コンプライアンス違反ではないか、との反響も多く寄せられた。防衛省 防衛監察本部ではコンプライアンスガイドブックを配布しており、その中にはコンプライアンス・テストとして、次の内容が書かれている。

【あなたの行為は】
1 家族に胸を張って話せますか?
2 見つからなければ大丈夫と思っていませんか?
3 国民としてニュースで見聞きしたらどう思いますか?

また現役の隊員からも石川元校長に対する意見も寄せられた。2代前の後藤達彦校長(2007.12.3 ~ 2010.3.31)は陸自衛生科改善のための情報発信を熱心に行なったし、1代前の東威志校長(2010.4.1 ~ 2013.8.22)は第一線救護の改善に熱心だったと聞く。

石川元校長(2013.8.22 -~2015.8.4)はリハビリテーション科の医師であることから陸自衛生科の改善について期待が寄せられていたそうだ。傷痍軍人にとって社会復帰のためのリハビリテーションは重要である。パラリンピックはそもそも戦争で負傷した兵士たちのリハビリテーションとして始められたものであることから、リハビリテーション科の石川元校長が陸自衛生の改善をしてくれるのではないかと期待した隊員も多かったそうだ。

しかし、石川元校長が改善に取り組んだという目立った話は聞かれず、今回のコンサートの一件は期待が外れた気持ちをさらに増大させられたという面もあるという。(学校長の任期等はWikipediaより引用)

筆者がこの記事で取り上げたいのは、コンサートの内容についてではない。この時期や情勢における自衛隊中央病院や陸自衛生学校の当事者としての意識欠如である。

安保法制が激しく議論され、この法案が通ることは予定されていた。本来ならばこの法令が執行される来年3月以降速やかに、駆けつけ警護が実施できる体制を構築しておくべきだった。だが中谷防衛大臣は駆けつけ警護などの実施可能な時期を国民に明示していない。それは衛生を含めて態勢が不備であるからだろう。現状を見る限り、駆けつけ警護が可能となるのはいつになるか分からない。

その渦中の当事者である陸自の衛生関係者が、本分を果たすことを怠り、「コンサートごっこ」をしている場合ではない。少なくとも筆者はそう考える。

(この記事は、【納税者も驚愕、陸自衛生学校体育館狂騒曲 その4】~「謝礼は互助会等から支出】の不思議~ の続き。
本シリーズ全5回)

トップ画像:体育館に設けられたコンサート会場と聴衆 ©清谷信一

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