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.経済  投稿日:2016/2/22

アップル「ロック解除問題」の真実(下) 怖いのは“情報ぶっこ抜き”


 岩田太郎(在米ジャーナリスト)

「岩田太郎のアメリカどんつき通信」

何らかの理由でiPhoneやiCloud上の個人データが回収できなくなった場合、データを回収する方法は大きく分けて4つしかない。

まず、ユーザー自身が端末を操作して、古いiCloudアカウントを新しいApple IDに紐づけること。これは、銃乱射事件のサイード・リズワン・ファルーク容疑者(28)が警察に射殺されたため、できない。

もう一つは、アップルがファルーク容疑者の古いiCloudアカウントを彼の古いApple IDをもう一度結合させること。アップルに、これがなぜできないのか、あるいはしないのか、現時点では報じられていない。

もう一つは、政府がiPhoneの構造やiOSを解読し、内部アクセスを得ること。一部の専門家は、「米政府はやろうと思えばできる」との見方を示している。

残りの一つは、アップルがオペレーションソフトであるiOSそのものをアップデートで改変し、捜査当局がバックドアを使って自由に端末ロックを解除して操作できるようにすること。

それが、今、問題になっている連邦裁判所命令の内容である。だが、これはiOSユーザーすべての端末に米政府をはじめ、各国政府が好きな時に自由にアクセスできるようになることを意味する。ケースバイケースの個人データ提出要求とは、わけが違う。

これが実現すれば、人々のアップル製品への信用が落ち、売り上げや会社存続にもかかわる。だからこそ、アップルは自社利益のために政府と戦っているのだ。顧客のプライベートなデータを政府に提出したくないからではない。アップルがヒーローの立場に祭り上げられているのは、米メディア演出の茶番劇なのだ。

今回の騒動に関して米論壇では、政府が「公共の安全や利益」の美名のもと、どんな捜査方法も許されるのか、国家安保と個人のプライバシー権のバランスはいかに保たれるべきか、などの議論に収斂している。それは大切な論点だ。

だが、ここで見逃してはならないのは、IT企業による個人のプライバシー情報の自社インフラへの吸い上げ(今回の例で言えばクラウド・バックアップ)こそが、重大なプライバシー侵害に発展する基礎となっていることだ。

もっと端的に言えば、大事なデータが自分の家や、取引先や通院先や役所を離れ、IT私企業の管理下に置かれている現状こそが、国家による恣意的権力の行使を可能にしているのではないか、という点である。

クラウドだけではない。米マイクロソフトの新OSであるWindows 10の挙動に見られるように、我々や企業・役所のものであるはずのデバイス端末から、ありとあらゆるファイル情報・閲覧情報・入力情報が、十分な説明なしにマイクロソフトに送られている。

米「ハッカーズ・ニュース」によれば、Windows 10の場合、各種設定で「マイクロソフトにデータを送らない」を選択した後も、なんと1日5500回、各種データがマイクロソフトに送られている。

ご存知のように、Windows 7や8のユーザーたちも半強制的にアップデートさせられており、いかに同社が顧客情報を欲しがっているかがわかる。

前世代のWindows 7や8なら安心だと思うのは、早計だ。何も内容の表示のない月例のアップデートを何気なく選択しただけで、それ以降、Windows 10のようにマイクロソフトに「テレメトリー」と呼ばれる、ありとあらゆるファイル情報・閲覧情報・入力情報のデータがパソコンなどデバイス端末から送られる。

アップルのSiriなども、我々の知りたがっていることや検索内容、行動パターンや好みを日々蓄積している。IT企業は、それらの情報が政府機関に渡らないと、我々に確約しただろうか。あるいは、我々の望まない方法では絶対に使われないと、誰かが言い切れるだろうか。データがハッキングされ、解読されないと、誰が言えるのか。

政府のプライベートな情報に対する恣意的なアクセスは、無論防がねばならない。だが、もっと怖いのはIT企業による我々の個人データ「ぶっこ抜き」ではないだろうか。

アップル「ロック解除問題」の真実(上) “情報提供に躊躇なし” の続き。全2回)


この記事を書いた人
岩田太郎在米ジャーナリスト

京都市出身の在米ジャーナリスト。米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の訓練を受ける。現在、米国の経済・司法・政治・社会を広く深く分析した記事を『週刊エコノミスト』誌などの紙媒体に発表する一方、ウェブメディアにも進出中。研究者としての別の顔も持ち、ハワイの米イースト・ウェスト・センターで連邦奨学生として太平洋諸島研究学を学んだ後、オレゴン大学歴史学部博士課程修了。先住ハワイ人と日本人移民・二世の関係など、「何がネイティブなのか」を法律やメディアの切り口を使い、一次史料で読み解くプロジェクトに取り組んでいる。金融などあらゆる分野の翻訳も手掛ける。昭和38年生まれ。

岩田太郎

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