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.国際  投稿日:2016/2/27

保守主義標榜せぬトランプ氏の異端 米大統領選クロニクルその4


古森義久(ジャーナリスト・国際教養大学 客員教授)

「古森義久の内外透視」

アメリカ大統領選は2月25日夜、共和党5人の候補の公開討論会でまた異様な盛り上がりをみせた。中心はやはり大富豪のドナルド・トランプ候補である。共和側の予備選での先頭走者としてすでにニューハンプシャー、サウスカロライナ、ネバダの3州で勝者となった。この討論会ではそのトランプ候補に対して他の候補たちから激烈な非難が浴びせられたのだ。25日の討論会はCNNテレビの主宰で多数の州で予備選が催される3月1日のスーパー・チューズデー5日後に控えての一大イベントだった。この討論会はものすごい激論となった。どなりあいと呼んだほうが正確かもしれない。トランプ候補に対しマルコ・ルビオ上院議員、テッド・クルーズ上院議員が果敢な論戦を挑んだのだ。ちなみにこの討論会の他の出場者はオハイオ州知事のジョン・ケーシック氏と脳神経外科医のベン・カールソン氏だった。

さてこの討論会で主役のトランプ氏は攻撃的な言葉を機関銃のように発し続けたが、他の候補たちと大きく異なる一点があった。それは共和党の最大の政治理念ともいうべき保守主義についてまったく語らないことだった。「保守主義」という言葉さえ口にしないのだ。

対照的にルビオ候補やクルーズ候補は「私は保守主義者だ」と明言し、その保守主義の内容を語り続けた。

私がこれまで取材してきた10回近くの大統領選挙の共通項はやはり保守主義とリベラリズムというイデオロギーの対立だった。大統領選挙は表面がいかに大衆迎合のお祭り的な行事にみえても、基底には国のあり方を決める政治理念の選択が存在するのだ。この政治理念は思想と呼んでも、政府と国民の関係のあり方と評してもよい。

保守主義とは内政では「小さな政府」である。民間や個人の自由を優先し、政府の役割をできるだけ抑えるという理念である。自由競争の尊重、規制の緩和、市場経済の優先でもある。社会的には伝統的な価値観を重視する。人間は自由放任にしておけば、だいたいはうまくやっていくと考える点では人間の「性善説」に基づくともいえる。外交や防衛では強固な軍事力に基づく「強いアメリカ」を目指す。アメリカの基本理念の民主主義や人権を世界的に広めるという姿勢も顕著である。

他方、リベラリズムは「大きな政府」を優先する。国家や社会の統治は自由放任よりも国民を代表する政府が基本を管理すべきだとする。経済活動も政府の規制や監督を大切にする。とくに貧者や弱者への福祉は政府の公的資金を多く使って、広げていく。税金も富者から多くとり貧者へと再配分する。人間集団は公的な規制がないと悪化していくという前提から始まる点では人間の「性悪説」が背後にあるともいえよう。外交や防衛ではリベラリズムは軍事力をさほど重視せず、アメリカ独自の価値観を対外的に強く打ち出すこともためらう。

この区分でみると、いまのオバマ政権はきわめてリベラル的だといえる。オバマ大統領がこれまで最大の精力と時間を投入して進めたオバマケア(医療保険制度の国民皆保険の方向に向けての改革)はまさに政府が国民の医療を管理するという点でリベラリズムそのものだといえる。

歴史的にはアメリカ国政では戦後の長い年月、リベラリズムが保守主義を圧していた。連邦議会の上下両院が長年、民主党により一貫して多数を制されてきた事実がその構造を物語る。この「リベラル対保守」の構図を大きく変えたのが1980年の共和党ロナルド・レーガン候補と民主党ジミー・カーター大統領の対決だった。この選挙では超保守とされたレーガン氏が現職大統領のカーター氏を地すべり的な大差で破ったのだった。

今回の選挙でも共和党側のほとんどの候補者は保守主義を掲げ、民主党オバマ政権のリベラル的政策を否定するところから出発していた。ただしトランプ候補だけがオバマ政権を糾弾しながらも、自分の特徴を評するのに保守主義という言葉を使わない。保守主義の規範には合致しない政策をも主張する。たとえば中国や日本に対するアメリカの貿易赤字を指摘して、貿易規制の必要性を唱える。貿易に管理を導入する保護貿易主義はリベラル派の主張なのだ。

 こんな点にも2016年の大統領選挙の異端ぶりがちらついている。

 (この記事は、「気化」するか、トランプ人気 米大統領選クロニクル その1 と 帰趨を制する“一言の重み” 米大統領選クロニクル その2ブッシュ王朝の落日 米大統領選クロニクル その3 の続きです)


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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