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スポーツ  投稿日:2016/3/13

理想から生まれる課題を仕分けよう


  為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役) 

陸上をやっている才能のある少年がいる。監督に呼び出され“全日本中学で優勝しよう。その為にお前はハードルをやれ”と言われる。少年は全国優勝を目指すんだと心が高ぶった。自分の課題をいくつかあげ、それを解決することに全力で取り組み、翌年全国優勝を果たした。

8年後大学生になった少年は伸び悩んでいた。110Hをやっていた少年は種目を400Hに切り替えていた。110Hと400Hの踏切はかなり違う。エネルギー効率をよくする為にゆったりとハードルをこえなければならないのに、110Hでついたハードルに対して鋭く踏み切ってしまう癖が抜けず、大学時代は癖をもう一度つけ直すところから始まった。言語と同じように10代の時に身につけたものを、20代になり書き換え直すのは労力がいる。

何を理想とするかで課題は変わる。中学時代に全国優勝するという目的から落としていけば、少年のゆったりとした動きは改善すべき課題になる。もっと鋭くハードルに入る必要がある。一方、将来オリンピックに出ることが目的だとしたら他種目の選択肢が入ってくる。仮にそれが400Hだとしたら、ゆったりとした動きと力を使わないハードリングが重要になる。そうなれば中学時代に身につけたい動きはむしろ、幅跳びや200mで培われる。

理想がなければ課題はない。自分でも無自覚な理想や価値観を捉え、なぜそれを課題だと感じているかを考える必要がある。慎重になりすぎて勇気が出ない自分をなんとか変えたいと考えている青年は、勇気があり行動的なことは善であるという価値観がまず前提にあることに自覚的であったほうがいい。別の価値観から見れば、物事を確実にこなす信頼感がある自分という捉えかたができるかもしれない。

理想をどこに置くのか。それによって課題は定義される。理想だけ追いかけても日々は改善されない。日々の改善ばかりで生きていたら、小さなところに漂流してしまう。さじ加減が難しい。最近は実は解決しなくてやり過ごしてもいい課題が結構あるのではないかと考えている。

為末大HPより)


この記事を書いた人
為末大スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役

1978年5月3日、広島県生まれ。『侍ハードラー』の異名で知られ、未だに破られていない男子400mハードルの日本 記録保持者2005年ヘルシンキ世界選手権で初めて日本人が世界大会トラック種目 で2度メダルを獲得するという快挙を達成。オリンピックはシドニー、アテネ、北京の3 大会に出場。2010年、アスリートの社会的自立を支援する「一般社団法人アスリート・ソサエティ」 を設立。現在、代表理事を務めている。さらに、2011年、地元広島で自身のランニン グクラブ「CHASKI(チャスキ)」を立ち上げ、子どもたちに運動と学習能力をアップす る陸上教室も開催している。また、東日本大震災発生直後、自身の公式サイトを通じ て「TEAM JAPAN」を立ち上げ、競技の枠を超えた多くのアスリートに参加を呼びか けるなど、幅広く活動している。 今後は「スポーツを通じて社会に貢献したい」と次なる目標に向かってスタートを切る。

為末大

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