変化に必要なのは「リセット」
為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)
最近、物事を習得する方法は様々に開発されているけれど、忘却というか、リセットの方法はあまり開発されていないなと感じる。
子供の時に、周辺の人間が使っている言語で会話を始め、その言語で思考を始めるわけだから、環境の影響は受けるわけだし、さらには文化的な要因からも影響を受け、癖がついてくる。
人生をある程度生きていくと、考え方の癖や動きの癖というものが出てくる。高校生の女の子を指導していた時、なぜかハードルを飛ぶ時に足首が伸びてつま先を前に突き出すようにしてしまう。もっと足の裏をゴールに向けてと言ってもなかなかできない。聞いてみると子供の頃からバレエを習っていたのだという。
癖自体は何の問題もないけれど、環境によりそれが問題になる時がある。その時、上手に過去習得したものを消して新しいものを書き換えられないと、不具合が生じてくる。learningのやり方は、日本ではたくさんあるけれど、果たしてunlearningはどうやってやればいいのだろうか。刷り込む方法はわかったとして、それを消して0にするにはどうしたらいいんだろうか。
スポーツで言えば技術というのは無意識で出せるようにならないと使い物にならない。ドリブルを一生懸命やっている選手はサッカーどころではない。何にも考えないでドリブルをできるから、目の前の相手をみたりパスコースを探すことができる。ところが、癖というのはこの無意識に宿る。無意識のクセを読み取られるといいように相手にしてやられる。せっかく覚えた型がもし見抜かれた時、型を刷り込んでいればいるだけ自分に不利になる。
なかったことにするためには、何を自分は覚えてしまっているのかがわからないといけない。考え方の癖であるとか、動き方の癖であるとか。引退したときに、困ったのは、すべて自分でやろうとする癖と、勝とうとしてしまう癖だった。そもそもそんな考え方が競技で覚えてしまったことだとは思ってもいなかった。自分でできないことは人に任せて、自分が勝つのではなくて関わった人みんなができるだけ幸せになるように意識してようやく少しマシになってきた。
あるところでは最適化されたものが、環境が変われば害になる。そのときにちゃんと忘れられるかどうかは素直さにかかっているように思う。変化しない人は信念が強い。悪く言うと自分を変えられない。
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この記事を書いた人
為末大スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役
1978年5月3日、広島県生まれ。『侍ハードラー』の異名で知られ、未だに破られていない男子400mハードルの日本 記録保持者2005年ヘルシンキ世界選手権で初めて日本人が世界大会トラック種目 で2度メダルを獲得するという快挙を達成。オリンピックはシドニー、アテネ、北京の3 大会に出場。2010年、アスリートの社会的自立を支援する「一般社団法人アスリート・ソサエティ」 を設立。現在、代表理事を務めている。さらに、2011年、地元広島で自身のランニン グクラブ「CHASKI(チャスキ)」を立ち上げ、子どもたちに運動と学習能力をアップす る陸上教室も開催している。また、東日本大震災発生直後、自身の公式サイトを通じ て「TEAM JAPAN」を立ち上げ、競技の枠を超えた多くのアスリートに参加を呼びか けるなど、幅広く活動している。 今後は「スポーツを通じて社会に貢献したい」と次なる目標に向かってスタートを切る。