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.経済  投稿日:2016/5/3

三菱自「パジェロゲート事件」5つの違和感 その4


遠藤功治(アドバンストリサーチジャパン マネージングディレクター)

「遠藤功治のオートモーティブ・フォーカス」

【違和感③ 日産との関係】

今回の“パジェロゲート事件”、その発端は日産からの指摘だという。三菱のeKワゴンと日産のデイズ、共に2013年に発売された軽自動車だが、この開発を取りまとめたのが、NMKV(Nissan-Mitsubishi Kei Vehicle)という、日産と三菱の50:50の合弁会社である。社長は日産側から遠藤氏が、副社長は三菱側から三浦氏が着任、両社で軽自動車の共同開発をし、販売はお互いのブランドで、生産は三菱の水島工場で、というものである。

2011年に、軽自動車事業を拡充させたい両社の思惑が合致、会社設立、2013年にその共同開発車であるところの、eKワゴンとデイズが誕生した。共同開発ではあるが、それ以前は日産は単独で軽自動車を開発・生産した実績がなかったため、この第1弾の車種は、パワートレイン等、三菱側が開発の主導権を取った。

第2弾は2018年以降に、今度は日産主導で開発される予定。その日産が新車の開発を始めるにあたって、現在のeKやデイズの燃費等測定をしたところ、自分たちの測定結果と、三菱側の数値に大きな差が出た模様。それで日産が三菱に問合せ、三菱が再度計測したところ、今回の不正が分かった、というのが報道されている内容である。

日産は三菱に騙された被害者である、今回の不正は日産が指摘しなかったらわからなかった、三菱は酷いが日産は正義を通した、素晴らしい、という論調。筆者にはこれが“甚だ疑問”なのである。

確かにこの第一弾は三菱が主導して開発した軽自動車である。だが、それはあくまでもNMKVの中で、三菱が主導したということで、日産が全く関わらなかった訳ではない。事実、2013年に発表された際には、各自動車メデイア共に、日産と三菱の初の共同開発車として、大々的に取り上げられている。日産からの要望、技術的な協力、調達面での支援など、共同開発車としてインプットも多分にあったハズである。事実、デイズはeKワゴンと、デザインは違うし、一部装備やオプション等も異なる。それが、発売から2年半も経って、日産が数値の差異に気が付き、三菱に問い合わせる、などということがあるのだろうか。

今回は第一弾であり、実は開発主導は三菱だった、日産は殆ど開発にはタッチしておらず、今回の不正に関しても本当に何も知らなかった、三菱にある意味、騙された、という議論が成り立つのか、という疑問である。

日産と三菱の間にどのようなコントラクト(契約)上の制約や合意があるのかわかるハズもないが、あくまでもこの車は、NMKVが世に送り出した車の第一弾である。この会社は日産と三菱の50:50の会社である。ならば、この車に何らかのトラブルが発生した場合、その責任分担の比率は別にして、日産にも責任が生じると考えるのは自然であろう。

今回のパジェロゲート事件が、三菱の業績に与える影響度は計り知れない。企業存亡の危機にまで至る、“天文学的数値”ではないか、とも推測できるのである。その一つの要因が日産である。三菱は日産に対し、多大なる損害賠償を支払うことになる、その金額は200-300億円程度か??? 

勿論、支払う義務は出よう。日産は4月下旬からデイズを販売できない。デイズは日産の国内販売で、数少ない人気車種である。軽自動車ということで、販社等にとって台当たりの利幅は少ないが、顧客を販売店に引き付けるという点での貢献は大きく、とにかく台数は稼げる車種である。これが今後何か月間に渡って販売停止になる、販社にとって機会損失は大きく、相当な打撃となる。

また、燃費の差額分を補償したり、中古車価格の下落分を補償したり、場合によっては、車の買取請求を受けた場合など、全て三菱が背負うこととなるのか。顧客が受ける直接的な損害を、日産の分も肩代わりし三菱が払う、一見筋が通っているようには聞こえるが、それでは日産には全く責任はないのだろうか。

この車を出した時、デイズを市場投入した際、日産は自社でデイズの燃費走行の元となるデータ等を実測しなかったのだろうか。仮に型式認証する際に、自社で実測を行わず、全て三菱側からのデータをそのまま流用していたとすれば、日産にも相応の責任が発生するのではないか。

日産はホンダと並び、真っ先に工場の海外移転を進めた。結果、輸出する車が激減、国内は誰がどう見ても優先順位が低く、過去数年間に渡って新車を投入せず、結果、国内販売の長期低落と輸出の減少で、国内工場の稼働率が長らく低迷した。

やや円安に戻ったことで、ローグなどの生産を一部国内に回帰、それでも国内稼働率は70%前後と、実質的には赤字が続く。出来れば比較的量が期待できる軽自動車を、三菱の水島工場ではなく、自社の工場で生産できれば、工場稼働率の上昇に大きく貢献できる。実際、ゴーン社長はその意向を公式な場所で発言している。

今回の件で急浮上しているのが、このNMKVの解散である。この“パジェロゲート事件”による不正問題が、日産に三菱との提携を考え直させるきっかけを与えたのは、想像に難くない。実際、日産にとっては、全てを自社で行ったほうが、ブランドイメージの毀損と、工場稼働率の向上という面で、プラスに働く。

三菱側から見れば、仮に日産車を水島で生産できないとすれば、水島工場の稼働率は半永久的に低水準に沈んだまま、ということにもなりかねない。果たして、日産は、今回の“パジェロゲート事件の完全なる被害者”なのか、三菱との提携を辞め、自社生産に切り変えるのか、余談を許さない状況が続く。

(この記事は その1その2その3の続き。その5に続く予定。本シリーズ毎日07:00配信予定)


この記事を書いた人
遠藤功治株式会社SBI証券  投資調査部 専任部長兼シニアリサーチフェロー

1984年に野村證券入社、以来、SGウォーバーグ、リーマンブラザーズ、シュローダー、クレディスイスと、欧米系の外資系投資銀行にて活躍、証券アナリスト歴は通算32年に上る。うち、約27年間が、自動車・自動車部品業界、3年間が電機・電子部品業界の業界・企業分析に携わる。 その間、日経アナリストランキングやInstitutional Investors ランキングでは、常に上位に位置2000年日経アナリストランキング自動車部門第1位)。その豊富な業界知識と語学力を生かし、金融業界のみならず、テレビや新聞・雑誌を中心に、数々のマスコミ・報道番組にも登場、主に自動車業界の現状分析につき、解説を披露している。また、“トップアナリストの業界分析”(日本経済新聞社、共著)など、出版本も多数。日系の主要な自動車会社・部品会社に招かれてのセミナーや勉強会等、講義の機会も多数に上る。最近では、日本経団連や外国特派員協会での講演(東京他)、国連・ILOでの講演(ジュネーブ)や、ダボス夏季会議での基調講演などがあり、海外の自動車・自動車部品メーカー、また、大学・研究機関・国連関係の知己も多い。2016年7月より、株式会社SBI証券に移籍、引き続き自動車・自動車部品関係を担当すると供に、新素材、自動運転(ADAS)、人口知能(AI)、ロボット分野のリサーチにも注力している。

東京出身、58歳

遠藤功治

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