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スポーツ  投稿日:2016/8/22

信用の無駄遣いの怖さ


為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)

初めてアメリカで暮らし始めた時に、しきりにデポジットを入れさせられて、辟易したことがある。アメリカは金融の履歴がないとなんとも暮らしにくく、最初のあたりは自分のWikipediaを見せたりして信用をなんとか獲得し家を借りたりしたものだった。ところが一旦家を借りて、電話を借りられて、銀行を使った履歴ができると急になんでも簡単にできるようになり、この国は信用を評価する国なんだなとしみじみ感じた。

最近、会社に少しずつだけれど仕事を頼まれることが増えてきていて、信用が積み重なってきたのではないかと考えている。これまでの活動実績と、社員が頑張ってきたことにより周辺からの信用がある閾値を超えたのではないだろうか。

昔はアイデアが大事だと思っていた。いいものかどうかはともあれ、比較的アイデアを思いつく方だったから、いろんなアイデアを思いついては各方面に持ちかけたりしていたのだけれど、自分の能力不足もあってなかなか実現しなかった。実現に至らないから頼めば頼むほど信用が毀損するようで、途中から思いつきで行動をするのを極力抑えるようになった。

俺は社会にインパクトを与えるんだ!もっとでかいことをしなきゃだめなんだ!と心のうちでは思いながら、日々は地道なことの繰り返しで、正直な所最初はそれにフラストレーションを感じながらやっていた。それでも目の前のことを丁寧に繰り返していくと、ちょっとずつ頼まれることが増えてくる。あの仕事を見てお願いしようと思いましたという声や、スポーツでこういう事業をするならこの会社にと紹介されて、という話を聞くようになり、信用の威力が次第にわかるようになった。

スタートアップのように一気に駆け抜けるというスタイルもあるのかもしれないが、こうやって目の前の事を一つ一つ丁寧に仕上げるやり方もあって、どうも私はそのやり方のほうが向いているのかもしれないと感じている。こういう戦い方はとにかく信用を積み重ねるしかない。チップが信用だとすると、賭けるべきチップがないとそもそも始まらない。

ただ、若い時の自分に会ったらお前そんな夢の話ばっかりしてる暇があったら目の前の事をきちんと仕上げて信用を積み重ねろと言うのだろうけど、若い自分はきっとそんなちまちました話と聞く耳持たないのだろうなという所が難しい。金の無駄使いはまあいいが、信用の無駄使いをしたり、他人から借りた信用を散財していた時の若い自分を想像すると張り倒したくなる。

(為末HPより)


この記事を書いた人
為末大スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役

1978年5月3日、広島県生まれ。『侍ハードラー』の異名で知られ、未だに破られていない男子400mハードルの日本 記録保持者2005年ヘルシンキ世界選手権で初めて日本人が世界大会トラック種目 で2度メダルを獲得するという快挙を達成。オリンピックはシドニー、アテネ、北京の3 大会に出場。2010年、アスリートの社会的自立を支援する「一般社団法人アスリート・ソサエティ」 を設立。現在、代表理事を務めている。さらに、2011年、地元広島で自身のランニン グクラブ「CHASKI(チャスキ)」を立ち上げ、子どもたちに運動と学習能力をアップす る陸上教室も開催している。また、東日本大震災発生直後、自身の公式サイトを通じ て「TEAM JAPAN」を立ち上げ、競技の枠を超えた多くのアスリートに参加を呼びか けるなど、幅広く活動している。 今後は「スポーツを通じて社会に貢献したい」と次なる目標に向かってスタートを切る。

為末大

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