移民対策で二転三転 トランプの迷走 米国のリーダーどう決まる?その24
大原ケイ(米国在住リテラリー・エージェント)
「アメリカ本音通信」
ドナルド・トランプの迷走が止まらない。共和党予備選の頃から彼のスローガンとさえなっている、(メキシコとの国境に)「壁を作る!」「メキシコに払わせる!」という、強硬移民政策そのものが揺らいでいるからだ。
先月半ばにスタッフを入れ替えて以来、選挙対策本部長に据えたケリーアン・コナーに、女性票を獲得するためにも、もう少しソフト路線に転向しろ、モノの言い方に気をつけろ、スピーチではちゃんとプロンプター通りに読め、と諭されたのだろう。党大会以降、下がる一方の支持率に歯止めをかけられるなら、と一旦は納得したようだ。
不法移民の子供としてアメリカで生まれ育った「ドリーマー」と呼ばれる層まで国外追放にするのかと聞かれて、必ずしもそうではないと答えたところから、一部メディアからは「アムネスティー(恩赦)ドン)」とからかわれ、ソフト路線に転向した揶揄され、トランプは「いや、これはむしろハード路線だという人もいる」とトンチンカンな答えを口にした。(英語で言えば、このsofteningという言葉、EDを指す言葉でもあり、マッチョであることにこだわるトランプにしてみれば、いちばんやりたくない、言われたくないことなのだろう。)
そこに突然降ってわいたようなメキシコ訪問。エンリケ・ペーニャ・ニエト大統領に招待されたので、会いに行くという。そのニエト大統領、不況が続き、麻薬カルテルの犯罪も一向に減らせず、国内問題も山積みなため、支持率が20%を切るほど不人気の人物なのだが、トランプは、海外のトップと並んで演説台に立つという「大統領っぽい」ところを見せたかっただけなのだろう。
当然のように「国境の壁」はどうなったのか?と「メキシコが払うのか?」とマスコミに水を向けられ、しれっと「話題に上らなかった」「誰が費用を払うのかは後で話せばいいことだ」と答えた。もちろんニエト大統領は「はっきり、壁建設のためのカネなど支払うつもりはないと告げた」としている。トランプ訪問はメキシコの国民からも非難轟々で、どうやら、どうせ来るはずはないだろうとタカをくくっていたところに、本当に来ちゃった、というのがニエトの本音だろう。
その記者会見で、トランプはメキシコとの国交をおだて上げた数時間後にアリゾナ州で決起大会を催し、これまで以上とも受け取れる違法移民追放への決意を新たにしたのだから、開いた口がふさがらない。
アリゾナ州といえば、ジャン・ブルーワー前州知事が「常に身分証明書を携帯する」ことを義務付け、携帯していない者は即連行されるという州法でラテン系の州民をターゲットにし、出生届が偽物だからオバマ大統領を必ず逮捕すると息巻くジョー・アーパイオ保安官がいる土地柄。この数十年、選挙ではほとんど共和党に投票してきた州だが、ラテン系の合法移民と、大卒の若い層が移り住んできており、移民問題で揺れている。
しかも今年のアリゾナでは大統領選挙と同時に、最低賃金を値上げするかどうか、マリファナを合法とするかどうかという住民投票も行われる。これらは特にリベラルよりの民主党がこぞって一票を投じに来るほど関心が高い問題なので、ひょっとするとこの赤い州が青くなるかもしれない。そうなると、いくら「スイング・ステーツ」でトランプが健闘しても無駄になる。
トランプが不法移民対策でソフト路線の恩赦や市民権獲得を唱えれば、これまで彼を支持してきた「アルト・ライト(Alt-Right)」(これまでのネオコンともリバタリアンとも違う、強硬な保守派)が彼を見限ってしまう。かといって、これまで通りの強硬政策一辺倒ではこれ以上、支持者を増やせる見込みはない。どうすればいいのか、トランプ陣営にもわからない。そして結局、トランプは自分が確固たる信念を持ち合わせた強い人間なのだと、ポーズをとりたい。これが迷走しているように見えるのだ。マスコミの記事で、言い得て妙だったのは「Pivot(ピボット、方向転換)からPirouette(ピルエット、旋回)へ」という見出しだった。
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この記事を書いた人
大原ケイ英語版権エージェント
日本の著書を欧米に売り込むべく孤軍奮闘する英語版権エージェント。ニューヨーク大学の学生だった時はタブロイド新聞の見出しを書くコピーライターを目指していた。