潘基文氏は国連で何をしたのか その2 ハーバード大留学でも英語が下手
古森義久(ジャーナリスト・国際教養大学 客員教授)
「古森義久の内外透視」
国連事務総長ポストは任期5年、大きな支障さえなければ再任が認められる。選ばれる人物の出身はヨーロッパ、中東、アフリカなど各地域を毎回、順番に変えていく慣習があり、韓国の潘基文氏が立った時はアジア地域からの事務総長が選ばれることが内定していた。だから潘氏の対抗馬はインド人の国連事務次長、タイ人の元副首相、スリランカ人の元国連事務総長だった。
潘氏は2006年10月、国連の安全保障理事会、総会いずれの選挙でも最多票を得て、当選した。アメリカをはじめとする安保理常任理事国がみな支持したことが大きかった。ところがわが日本政府も早々と潘氏支持を表明していた。時の麻生太郎外務大臣は「アジアとして誇らしい」とまで述べて、潘氏の事務総長当選を歓迎したのだ。潘氏はこれを受けて「日本とは緊密に連携、協調していきたい」と語った。だが実際の展開は大きく異なったのである。
潘事務総長は2012年には再任を認められた。だが潘氏のこれまで通算ほぼ10年に及ぶ勤務ぶりは酷評また酷評なのである。国際機関の代表を務める人物へのこれほど一致し、かつ徹底した悪評というのは珍しい。潘氏は国連が戦後にスタートしてから8代目の事務総長である。だがその8人のなかでもまったくの異端といえるほど、飛びぬけて評価が低いのだ。
その潘氏への採点をまず前述の第一の視点、つまり国連での基準、国際的な尺度からみていこう。この視点での指摘も複数の領域に分けられる。
まず第一は能力である。適性や資格の有無ともいえるだろう。
潘総長は国連の内部報告でも「事務局を腐らせた」と批判された。2010年7月に国連事務次長のポストを辞めてすぐのインガブリット・アレニアス氏が「潘事務総長の実務、倫理の両面での指導能力欠落のために事務局自体が腐敗し、倒壊しつつある」という趣旨の報告書を作成したのだ。当初は内部だけの資料のはずのこの報告書の内容は外部にも流れた。
「潘総長の国連の基本的政策に関する判断の曖昧さや、人事面での不公正が国連全体をも無意味、非効率にしている。潘総長のコミュニケーション能力にも深刻な欠陥がある」
こんな容赦のない潘総長批判を明確にしたアレニアス氏はスウェーデンの外交官出身で国連勤務も長かった。2010年春までは潘氏の部下にあたる「事務次長」の要職にあった。だから潘氏に対する酷評は至近からの実際の観察に基づいていたわけだ。
同様の内部告発は国連事務局に勤めた後、ノルウェ―の国連次席大使となったモナ・ジュール氏からも発せられていた。ジュール氏が2009年に作成した内部メモの内容が2年後に外部に出たのだ。
「潘氏はカリスマ性をまったく有さず、国連、そして世界が直面する重大問題へのビジョンもない。きちんとしたリーダーシップもない。自分の気に入らないことがあると、すぐに感情的になって怒りを爆発させることも多い」
要するに潘氏は国連事務総長という主要国際機関のトップとしてはある程度は持っていなければならないカリスマ性や指導性がまったくない、という指摘なのだ。こうした致命的とも響く非難が国連のなかでも客観的な立場を有するとみられるスェーデンやノルウェーの代表から表明されていたのである。
潘氏の実務能力に関してこれまで一貫して強く指摘されてきたのは彼の英語能力の低さだった。この点、前述のアレニアス氏は「コミュニケーション能力の深刻な欠陥」と表現していた。
アメリカ人の国際政治学者で国連にも勤務したスティーブ・シュレシンジャー氏も「私は国連事務局内部で潘総長の任命を当初は歓迎し、支援しようと努力したが、すぐに彼の英語でのコミュニケーション能力のなさに驚き、心配し、失望した」と述べていた。
もっと率直なのは同じアメリカの国連研究学者のジェームズ・トラウブ氏による指摘だった。同氏は2010年夏、アメリカの大手外交雑誌「フォーリン・ポリシー」に寄稿した「お休みなさい、潘基文」という題の論文の冒頭で次のように書いていた。
「2006年5月、潘基文氏が国連事務総長選への立候補を表明してすぐ、アメリカの『外交評議会』の集いに出て、デビューの質疑応答をしたのだが、私は潘氏の音調のない下手な英語と間の抜けた答えのために20分ほどで居眠りに落ちてしまった」
トラウブ氏はちなみにこの論文で潘氏の総長在任は国連にとって有害であり、すぐに辞任すべきだとも訴えていた。いずれにせよ、「潘国連事務総長の下手な英語」というのはこの時期からその筋の間では共通の認識だったのだ。
韓国出身とはいえ職業外交官でハーバード大学にも留学した人物が英語が下手というのは一般には信じ難い現象かもしれない。だが潘氏の英語の発言を実際に聞けば、納得できるというのが悲しい現実である。たかが外国語の習熟度だけで国際的リーダーの資質は決められないという反論もあるだろう。だが国連事務総長がまず国連での公用語を十二分に使いこなせないとなると、その機能低下は重大である。表現能力は国連の実務の核心部分ともいえるからだ。
国連事務局側もその点には最初から懸念していた。複数の元国連職員によれば、「事務局も潘氏の最大の弱点は英語の流暢さの欠如だと認識して、同氏に週に2,3回、英語の発声方法やメディアへの英語対応の特別訓練を提供したが、あまり効果がなく、その結果、テレビでの発言は最小限にすることにした」のだという。英語の勉強をする現職の国連事務総長というのは、なにか悪い冗談のようにも響いてくる。
(その3に続く。全5回。毎日11:00に配信予定。この記事は月刊雑誌「月刊HANADA」2016年10月号からの転載です。)
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。