[渡辺真由子]70年代の女性雑誌から見る〜メディアを通してセックスに演技を取り入れてきた女性たち
渡辺真由子(メディアジャーナリスト)
「いまだに謎というか、知ってはいけない領域という気がするんですけど」
大学生の性行動とメディアの関係を取材中、ある男子がふと声をひそめて切り出した。
「女の子の反応が、実際には演技だったらと思うと怖いんです。あれって本当はどうなんですか?」
実は、私が行なったアンケート調査によれば、8割以上の女子は性交の際に何らかの演技をしている。男性陣にはショックな結果かもしれないが、性交における女性の演技は、いまに始まったことではない。最近の女子大生はアダルトサイトやAVから演技の方法を学ぶが、AVが登場する以前の1970年代には、女性誌が「演技指導」の役割を担っていた。当時は婚前交渉が一般的ではなかったので、主に「妻」向けの内容である。
女性が演技をする目的は大きく2つ。「相手を喜ばせるため」と「早くイカせるため」だ。前者を指南するのは、女性週刊誌『微笑』の1973年12月1日号。「寝室の事前=事後学 ムード作りから後始末まで~夫が望む妻の役割は」と題して、10ページもの特集を組んでいる。ここに「夫に『良かった?』と聞かれたらどうするか」という項目を発見。現役男子大学生を対象にした私の調査でも、「『良かった』と言って欲しい」と願う者は7割近くに上る。この思いは、いつの時代の男性にも共通するのである。
さて、同誌は女性読者に、夫のタイプに合わせた対応をアドバイスする。経験豊富なプレイボーイタイプには、照れくさそうに口ごもりながら「よ、かっ、た」と言いましょう。自信がなさそうな夫には、「指のテクニックがいい」「私にぴったり」など、具体的にほめます。「前の彼と比べてどう?」と気にする夫に対しては、「あなたが1番よ」と匂わせましょう……。
さらに男性医師が、「良かった?」と尋ねたがる男性心理を誌上で解説。
「男性は女性の満足が大きいほど、その女性を征服したと思い込むものです。つまり、優越感を持つために尋ねるのです」
夫のこんな身勝手な欲求を知りながら、昔から妻たちは「良かった」の返事の仕方1つにも、神経を張り巡らせてきたのである。献身的という他ない。
一方、「早くイカせるため」の演技は、女性が気乗りしない時に行なわれる。他誌に先駆けて1963年に初の性交特集を組んだ『主婦の友』は、以来度々、「夫婦の性生活」を取り上げてきた。1978年5月号の「妻の本音特集」が着目したテーマはズバリ「演技もしています~夫とのおつきあいセックス」。妻としては、家事や仕事で疲れていたり、特に性欲がわかなかったりする時もある。それでも迫ってくる夫にどう対処するか、赤裸々な体験談を紹介している。
「ちっともその気がないのに、夫に脱がされて始めてしまった。私の心とは関係なく、夫は最後の瞬間に向かってまっしぐら。そんな時私は、慈悲観音のような優しく広い心で、『私も感じそう、もうすぐよ』とあえいであげる。数秒後、どっちみち夫は1人でいってしまうのだから」(28歳の妻)
「私にその気があっても、夫がとても疲れているように感じる時は、満足したという演技をして早く終わらせて、眠らせてあげることもあります。いつもと同じ声や表情をするので、たぶん夫は気が付いていないのではないでしょうか」(39歳の妻)
自分のためだけでなく、夫の体調を気遣って演技してやる妻もいるとは、泣かせるではないか。
さらに『微笑』は、「夫に分からない手抜きセックス」を特集(1977年10月15日号)。「声・言葉・表情・動きで巧みに騙せば、夫は満足して眠る!」と見出しが躍る。あなたが性交を拒否して夫婦間に溝が出来るのを避けるため、「自分は楽をしながら、夫をさっさとイカせる演技」を体得しましょう、と提案する。
アドバイザーとして登場するのはポルノ男優。「妻はポルノ女優以上の役者であるべし」が持論だ。
「男を最も興奮させるジェスチャーは『恥じらい』。服を脱がされる時は、恥ずかしそうに身をよじって」
「彼の耳元で『アッ』と、小さなため息にも似た声を漏らして。これだけで、どんな男だってインサートを急ぐはず」
などと、具体的なテクニック指南が満載である。
女性たちは30年以上前から、メディアを通して性交に演技を取り入れてきたのだ。知らぬはオトコばかりかな……?
【あわせて読みたい】
- なぜ、美容整形はバレるのか?〜ネット住人たちの「誰も得をしない努力」は、検証画像だけでなく検証スキルも拡散させる(藤本貴之・東洋大学 准教授)
- フラットフォーム・シューズ:厚いソールに平たいソウル(中野香織・明治大学 特任教授/エッセイスト)
- 「演出?」それとも「やらせ?」〜テレビ番組の“やらせ”とは何か?を実例から考える(高橋秀樹・放送作家)
- 2014年消費動向「勝ち組、負け組鮮明に」〜ネットショッピングが当たり前になった世代にモノを買わせるためには「爆速」で「新しい価値の創造」を(安倍宏行・ジャーナリスト)
- ソーシャル・ファーミングが地域の介護を支える〜誰もがアクションする当事者として10年、20年先の地元を創造する(大橋マキ・アロマセラピスト/元フジテレビアナウンサー)
【プロフィール】
渡辺真由子(わたなべ・まゆこ)
メディアジャーナリスト 慶応大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程を経て現在、慶応大学SFC研究所上席所員(訪問)。若者の「性」とメディアの関係を取材し、性教育へのメディア・リテラシー導入を提言。テレビ局報道記者時代、いじめ自殺と少年法改正に迫ったドキュメンタリー『少年調書』で日本民間放送連盟賞最優秀賞などを受賞。平成23年度文科省「ケータイモラルキャラバン隊」講師。平成25年度法務省「インターネットと人権シンポジウム」パネリスト。主な著書に『オトナのメディア・リテラシー』、『性情報リテラシー』、『大人が知らない ネットいじめの真実』など。
【参考文献】
メディアと性行動・性意識の関係については、拙著『性情報リテラシー』で詳しく御紹介しています。
『性情報リテラシー』