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.国際  投稿日:2017/2/17

金正男暗殺 謎の貿易商浮上


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・金正男暗殺は北朝鮮工作機関の犯行

・亡命政権樹立説、亡命説には無理がある

・在マレーシア北朝鮮人貿易商が金正男氏を売った疑い浮上

■何故、今だったのか? 

2月13日午前9時ごろ6日にマレーシア入りしていた金正男氏(金正恩朝鮮労働党委員長の兄)がクアラルンプール国際空港で毒殺された。2名の女が、空港の自動チェックインカウンターにいた金正男氏を、背後から毒液を染み込ませた布で顔を覆ったとも前から毒液をスプレーで吹き付けたとも言われている。この二人の女のほか4名の男が犯行に加わったとみられているが、現在マレーシア捜査当局が追跡を続けている。

問題はこの犯行が誰の指示によってなされたかである。逮捕された女二人はベトナムとインドネシアのパスポートを持つとされているが、犯人が金正男氏と全く関係のない人物であることから様々な情報が錯そうしている。

事件の全容が解明されていない時点での断定は性急ではないのかとの指摘もあると思われるが、暗殺されたのが2012年から一貫して金正恩委員長に命を狙われてきた金正男氏であることから、北朝鮮工作機関の犯行であることは間違いない。それは兄である金正男氏が暗殺されたにも関わらず金正恩が何らの反応も示さないことからも明らかだ。

この暗殺がなぜこの時期に決行されたことについては、いま様々な憶測がなされている。主なものとしては、韓国中央日報が流した「亡命政権を樹立しようとしていたからだ」との情報だ。だが、この情報や説が事実なら、金正男氏が金正恩政権に真っ向から対決を挑もうとしたことになる。しかし金正男氏が2012年4月、弟の正恩氏に「自分と家族を助けてほしい」などと訴える書簡を送っていたことを考えるとこうした情報は違和感がある。

また「金正男氏が亡命を計画していたからだ」との説もある。亡命説については、過去に金正男氏に対する暗殺未遂があった2012年ごろ、金正男氏からではなく韓国側から「韓国に来た方が安全なのではないか」と打診され、それに対して金正男氏はそのまま外(海外)に滞在することを望むと回答したという。韓国中央日報の報道では、金正男氏が打診したこととなっているが、これは全く逆であるようだ。

こうした点を考慮するなら、今回の暗殺の根拠を、最近金正男氏が亡命、特には亡命政権樹立に向かっていたからだとするのは少々無理があると思われる。亡命政権を樹立するなら自身の保護壁であった叔母の金慶喜(キム・ギョンヒ)氏やその夫の張成沢(チャン・ソンテク)氏が健在であった時期に行動を起こしていただろう。彼には金正恩政権と対決する意思はなかったと思われる。

こうして見ると、この時期に暗殺が実行されたのは、金正男氏が亡命政権樹立や亡命に向かっていたからではなく、北朝鮮が一貫して進めていた暗殺計画の諸条件がこの時点でそろったためと見るのが妥当と思われる。暗殺の諸条件がマレーシアという地域で整い、そこで動線が確実に補足でき、正男氏が気を許し最も接近しやすい空港という場所が確定できたからこそ暗殺が実行されたのだろう。

ただ衆目が集まる空港での犯行については、金正恩が金正男暗殺を急いでいたためとの見方もあり、金正恩に反対すればこのように暗殺するぞという“見せしめ的意味”だとの見方もある。

 ■なぜマレーシアなのか?

しかしここで疑問が残るのは、なぜ彼がボディガードも付けず一人でマレーシアに向かったのかということである。一貫して彼を保護していた中国が今回警護していた気配が全く感じられないことにも疑問が残る。

誰かがビジネスを持ちかけて一人でクアラルンプールに来るように仕向けたのか?もしくは金正恩氏に張り付いていた誰かが、たまたま一人で行動することを事前にキャッチして暗殺団に通報したのか?この点について朝鮮日報韓国版は、2月17日付けで次のような興味深い情報を報道した。

 

【北の外貨稼ぎ総責任者ハン・フンイル 金正男暗殺のキーマン】

わが国(韓国)の情報当局が 「ハン・フンイル」という名前のマレーシア駐在北朝鮮貿易商が金正男暗殺事件と密接な連関があるとして関連内容を追跡中であることが16日に明らかになった。

金正男氏は、ハン・フンイルが管理してきた秘密資金を整理するためにマレーシアへ行き、その過程でハン氏を通じて金正男氏の動線情報が北朝鮮側に漏れた可能性があるというのだ。

マレーシア内の北朝鮮事情に詳しい消息筋は 「ハン・フンイルは年が70代中盤で30年以上マレーシアに居住しながら北朝鮮の東南アジア地域外貨稼ぎ事業を統括していた」と語り、 「マレーシアにビジネスのため出入りしていた金正男とはその(ビジネス)拠点を管理し資金を支援しながらずいぶんと前から関係をもっていた」と伝えた。しかし金正恩執権以後、金正男との関係が問題になり、そのために昨年北朝鮮に呼ばれて北朝鮮入りし調査を受けたという。

北朝鮮消息筋は 「金正恩が後継者として登場した2011年以降、中国で金正男氏に便宜を提供した駐在員たちを処刑するなど 「金正男ラインは皆除去されている」とし「しかしハン・フンイルは金日成・金正日誕生日毎に数万ドルずつ忠誠資金を納めて来たし、マレーシア高位層とも親交を深めていた古くからの大物だったために調査だけを受けてマレーシアに復帰した」と語った。ハン・フンイルの妻が金日成の副官を勤めたパルチザン出身のキム・ミョンジュンの娘である点も関係したという。

しかしそうだとしても、叔父、兄まで容赦なくとり除く金正恩が、ハン・フンイルを生かしておいたのには他に理由があるはずだという観測もある。

他の情報消息筋は「ハン・フンイルが生き残る対価として金正男との関係を整理し、さらに北朝鮮が金正男を暗殺する過程でも情報提供するなどの役割を果たした可能性がある」と話した。

消息筋によればハン・フンイルは軍事諜報要員を養成する鴨緑江大学出身で1980年代にアフリカのジンバブエに軍事教官として派遣された人物だが、退役した後マレーシアに派遣され30年以上外貨稼ぎを行い、金融事業、人力輸出、建設事業受注、武器販売、不動産事業、ゴム収入、原油収入などを通じて北朝鮮に資金を調逹してきたと知られている(朝鮮日報韓国語版2017・2・17)。

この情報が確かであれば、今回金正男の動線は北朝鮮側に完全に把握されていたことになる。マレーシアで暗殺が可能となった事情が十分に理解できる。


この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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