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.国際  投稿日:2017/5/15

トランプ報道に一石投じた日経


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・トランプ大統領によるFBI長官解任でリベラル系メディア一斉に批判の声上げる。

・リベラル系vs保守系メディアで報道内容は大きく異なる。

・日経だけが双方の主張を掲載、日本メディアのトランプ叩きの風潮に変化。

 

アメリカではトランプ大統領の新たな措置が激震を引き起こした。トランプ非難を続けてきた民主党傾斜リベラルの大手メディアはあたかも国家の危機が起きたように報道する。トランプ大統領が議会の弾劾を受けて、近々にも辞任に追い込まれるかのように論評する。本当なのだろうか。

この激震の震源はトランプ大統領によるFBI(連邦捜査局)のジェームズ・コミー長官の解任だった。解任の発表は5月9日だった。

 

■二転三転したコミー長官

コミー氏は2013年に当時のオバマ大統領によってFBI長官に任命された。通常ならば任期10年の人事である。コミー長官は昨年の大統領選挙の終盤で民主党候補のヒラリー・クリントン氏の電子メール不正使用事件について「刑事訴追にはならない」と言明して波紋を広げた。ところがその後、すぐに新た証拠が出たとして、この事件の刑事捜査を再開すると述べた。そしてそのまた後に、クリントン氏は刑事訴追の対象にはならないだろうと、言明した。

この二転三転の談話は主に民主党側の怒りを買った。議会でも民主党の下院院内総務のナンシー・ペロシ議員、上院院内総務のチャック・シューマー議員がこぞってコミー長官を批判し、FBI長官としては不適格だとも述べていた。

 

■ロシアの米・大統領選関与疑惑

ところがコミ―長官指揮下のFBIは昨年7月からロシア政府の諜報機関とトランプ陣営が選挙中から結託して、投票を不正に操作していたという疑惑に対する捜査をも開始していた。この疑惑は主にリベラル系メディアが大々的に報道したが、具体的な証拠はなにも提示していない。

こんな複雑な背景のなかでのトランプ大統領によるFBI長官の解任だった。アメリカ国内では当然ながら、その事件をめぐる報道が洪水のようにあふれ出た。だがその内容はリベラルと保守のメディアではまったく異なっていた。

 

■米・報道の食い違いをフォローした日経

この報道の食いちがいを日本経済新聞のニューヨーク特派員が上手にまとめて記事にしていた。この趣旨の日本側報道はきわめて珍しい。アメリカ側ではトランプ政権に関してとにかく叩くというリベラル大手メディアの方が数が多く、その報道を転電する日本側の大手メディアはまずいつもそのリベラル系報道しか伝えないからだ。

だから日本側の朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、そしてテレビ各局にもその報道記事が配信される共同通信などはみなニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、CBSテレビ、CNNテレビなどリベラル系の大手メディアの記事への依存で一貫してきた。その結果はトランプ大統領については悪いことばかりとなる。トランプ政権への支持者の結束やその新政策による不法入国者の激減、ビジネス志向による株価の大上昇、雇用の拡大、経済成長率のアップなどは、ほとんど大きくは報じられない。

そんな一般の傾向のなかで日本経済新聞が5月13日夕刊に「FBI長官解任 米メディア二分」という見出しのユニークな記事を掲載していた。この記事は米側の大手メディアのトランプ叩きの報道だけでなく、中立あるいは保守志向の他のメディアの報道をも紹介し、その両者の間のギャップがどれほど大きいかに光を当てていた。

日本の全国紙ではアメリカの保守志向のメディアの報道を伝えることがほとんどないため、この日本経済新聞の記事は異色だった。その記事の要点を紹介しよう。

 

■変わるか、日本のトランプ報道

【ニューヨーク=伴百江】という記者の発信記事である。

≪トランプ米大統領によるコミー前連邦捜査局(FBI)長官の解任は、保守系とリベラル系のメディアで両極端の報道が目立ち、大統領就任以来、最も象徴的な米メディアや米国社会の分断を映している

≪米紙ニューヨーク・タイムズなどリベラル系メディアは、解任理由は大統領選へのロシア関与疑惑を巡る捜査を妨害するためとみて「第二のウォーターゲート事件」と批判する。一方で有力テレビ局フォックス・ニューズなど保守系メディアはクリントン元国務長官の私用メール問題を巡るコミー氏の対応の誤りが解任理由だと判断。FBIの信頼回復のため新長官を任命し、メール問題の捜査再開を主張する≫

要するにリベラル系、保守系のメディアではトランプ大統領の解任の動機や理由はまったく異なるというのである。この日本経済新聞記事の異色な点は他の日本の大手メディアのこれまでの大多数の記事がトランプ政権の動向についてはニューヨーク・タイムズなどリベラル系メディアの報道だけを紹介してきたのに対して、保守系メディアの報道もきちんと伝えて、そのコントラストを強調した点である。これこそ客観的報道といえるのではないか。

この記事が日本のトランプ報道の質の改善の始まりとなることを期待したいところだ。


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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