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.国際  投稿日:2017/7/5

陰謀説の読み方④ その弊害にどう立ち向かうか


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・ベトナム戦争での日本側の誤認は「陰謀説」といってもいいもの

だった。

・「陰謀説」は民主主義が未成熟な土壌で生まれる。

・自国の利益を守る為にも「陰謀説」への適切な対処が求められる。

 

こうなってくると、日本側での陰謀説は国際情勢の認識の偏りの症状であるかのようにもみえてくる。もともと日本ではいわゆる識者や専門家も含めて外部世界で起きる現象を客観的、総合的にとらえる能力には欠けているのではないか、という疑問でもある。

この点では私はどうしてもベトナム戦争での体験を想起してしまう。

 

■ベトナム戦争と「陰謀説」

あの戦争の本質について日本の識者も学者も、そしてニュースメディアもその多くが大きな誤認を犯していたからだ。私自身もその「誤認」に基づく事前の認識を抱いて戦時下の南ベトナムに赴任し、現地の実態が日本でのそんな認識とはあまりに異なることに茫然とするほどのショックを受けたのである。

私が本稿の冒頭で紹介した長年の国際報道体験では最初の舞台は戦時下のベトナムだった。1975年4月のベトナム戦争の終結、つまりいまはホーチミン市と呼ばれるサイゴンの陥落を中心とする4年近い年月をベトナムで過ごした。

その間に日本のメディアや識者の大多数が犯したベトナム戦争の本質への誤認をいやというほど知らされた。日本の国際情勢認識がいかに大きな錯誤へ走りうるかという痛烈な教訓だった。いま思えば、こうした誤認は陰謀説症候群と表裏一体だった。

 

■ベトナム戦争での日本側の「誤認」

ではベトナム戦争での日本側の誤認とはなんだったのか。

第一は戦争の基本構図を「アメリカの侵略へのベトナム人民の闘争」と断じた誤認だった。現実には南ベトナム国民の大多数は米軍の支援を求め、アメリカに支えられた政権を受け入れていた。しかも米軍はサイゴン陥落の2年前に全面撤退し、その後は北と南と完全にベトナム人同士の戦いだった。アメリカはその間、南政府への軍事援助さえ大幅に削った。

第二はこの戦争を民族独立闘争としかみず、他の支柱の共産主義革命をみないという誤認だった。この闘争はすべて共産主義を信奉する北のベトナム労働党(現共産党)が主導し、実行した。だが日本では「米軍と戦うのは南ベトナムのイデオロギーを越えた民族解放勢力で、北の軍隊は南に入っていない」という北側のプロパガンダをそのまま受け入れていた。

第三は「アメリカとその傀儡さえ撃退すれば戦後のベトナムではあらゆる政治勢力が共存する民族の解放や和解が実現する」という北側の政治宣伝を信じた誤認である。現実には戦後のベトナムは共産党の独裁支配となり、それになじまない南ベトナムの一般国民はその後、なんと20年にもわたり数百万が国外へ脱出した。

日本でのこうした誤認に立脚してベトナム戦争をみれば、悪いのはとにかくアメリカなのだという構図が浮かびあがる。そこからは「ベトナム戦争もアメリカの陰謀だった」というような陰謀説さえも生じていたといえよう。

 

■「陰謀説」が広まるわけ

さて、こうした陰謀説を広める側にとっての利点は陰謀の存在を証明しなくてもよいところにある。すべてがもやもやとした霧の中だからこそ陰謀なのだ。陰謀説では主役はCIA(中央情報局)にされる。当のCIA側は自らの活動に関する種々の主張には否定も肯定もしないという政策をとっている。どんなことをいわれても反論はしない。

だからCIAを使って陰謀説のプロパガンダをばらまく側にとって、どんなデタラメを述べても決して当事者からは反撃されないこととなる。いくらウソ八百の主張でも否定はされないのだ。

逆に根も葉もない陰謀説でなんらかの弊害をこうむる側にとっては陰謀説がデマやウソであることを証明するのは、その真実性を証明するよりもずっと難しい。本来、否定しても否定しても否定しきれない部分が残るところが陰謀説の暗闇の効用なのだといえよう。

 

■「陰謀説」の学術的分析

もっとも陰謀説現象は日本だけではない。アメリカの研究者ダニエル・パイプスが1990年代に出版した「陰謀=被害妄想はいかに繁茂し、どこから発生するのか」と題する陰謀説解析の書は多数の国で語られる陰謀説を多角的に分析していた。

同書によると、陰謀説とは実際には存在しない陰謀、あるいは存在する証拠のない陰謀を存在すると断言する主張であり、往々にして架空の陰謀への恐怖を増殖する。陰謀説の歴史は十字軍の時代にさかのぼるほど古いが、19世紀以降、「世界制覇を狙う」式の国際的な陰謀説の標的はユダヤ民族、フリーメーソン、アングロ・サクソンに絞られてきた。

同書によれば、陰謀説の特徴はまず具体性の欠如、矛盾や背反を陰謀の証しとする傾向だという。選別的でペダンティック(学識をてらう)な歴史の引用、異なる陰謀説同士の相互依存などだともいう。

パイプスのその書によると、陰謀説はさらに以下のような、誤った前提を設けている場合が多い。

「人間集団のすべての目標は権力獲得にある」

「ある事象から利益を受ける勢力がその事象を支配する」

「物事の外見は常に偽りだ」

「何事も偶然や失策からは起きない」

だから陰謀説の識別にはこうした前提や特徴を指針として使い、ごく基本の常識や歴史の知識をその陰謀説の内容がウソか真実かの判断の材料にすればよいということになる。

同書は陰謀説の生まれる理由に関して、陰謀説の標的となるユダヤ民族や米英両国には近代性と民主主義、理念先行主義という基本志向があることを指摘して、こうした志向への反発が強い土壌にこそ陰謀説が生まれやすいと説いていた。

陰謀説は民主主義の成熟と相関関係にあり、市民の政治参加、法の統治、言論の自由などが進む社会ほど生まれにくい、というわけである。

この基準に従うと、政権与党の有力幹部がアメリカの9・11テロについての陰謀説を容易に振りまくわが日本も民主主義の成熟はまだまだ、ということになってしまう。

 

■「陰謀説」の弊害

パイプスはこの自書の総括として陰謀説がもたらす弊害を列記していた。

「陰謀説は幻想や迷信、被害妄想をあおり、不健全な理由づけを奨励する。複雑な事態を陰謀へと矮小化することで歴史の流れの理解を妨げる。自国内部の害悪の原因を外部にシフトすることで真の原因の正確な評価を阻み、問題への対処を遅らせる。一般国民にそもそも危害を及ぼしはしない対象を恐れさせ、憎ませる一方、危害を及ぼす対象への恐怖や憎悪をなくさせる。国民の注意を問題とは無関係な対象に向け、重要な対象を無視させる

かなり過激な指摘ではあるが、私たちが今後ますます混迷や混乱を増す世界に向かって自分自身の利益をきちんと守りながら立ち向かっていく際には念頭に入れておいても決して損はしない警告だと感じる次第である。

(了。全4回。も合わせてお読みください) 

この連載は雑誌『歴史通』2017年1月号に掲載された古森義久氏の論文「歴史陰謀説は永遠に消えない」に新たに加筆した記事です。


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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