内憂外患のトランプ大統領
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー2017#33(2017年8月14–20日)
【まとめ】
・北朝鮮の挑発に怒りのツイート、危険なトランプ外交。
・国内では白人至上主義者と市民の衝突で死者も。
・ホワイトハウス内の軋轢も激化でトランプ政権は試練に直面。
先週も米国のトランプ氏に世界が振り回された。8月5日に全会一致で採択された安保理決議第2371号は、先週申し上げた通り、従来の制裁措置を強化し、北朝鮮との間のヒト、モノ、カネの流れを更に厳しく規制する内容だった。勿論完璧ではないが、一定の前進には違いなかろう。
普通ならここで北朝鮮の出方を見るのが外交の定石だが、今の米政府には常識が通用しない。8月8日トランプ氏は、北朝鮮が米国をこれ以上脅かせば、北朝鮮は「世界がこれまで目にしたことのない炎と怒り(fire and fury)に直面する」と吠えた。恐らくアドリブの発言だろうが、何たることか。より正確には、
“They will be met with fire and fury like the world has never seen … he has been very threatening beyond a normal state. They will be met with fire, fury and frankly power the likes of which this world has never seen before.”
と言ったらしい。おいおい、子供の喧嘩じゃあるまいし。
日本では以上が先週の最大関心事だったが、へそ曲がりの筆者の関心はちょっと違う。米国内の最大関心事はバージニア州シャーロッツビルで起きた白人至上主義を掲げる団体と反対派の衝突事件(写真1)だった。
写真1:白人至上主義者らに抗議するデモ隊(8月12日:バージニア州シャーロッツビル)バージニア州警察のTweetより @VSPPIO
トランプ氏は12日、「各方面の憎悪、偏見、暴力」を非難したが、最後まで白人至上主義の秘密結社クー・クラックス・クラン(KKK)(写真2)やネオナチを名指しで批判することはなかった。
写真2:KKK(1922年当時の写真)
これに対し、米国のネオナチグループはこうコメントした。
“Trump comments were good. He didn’t attack us. He … implied that there was hate…on both sides! …Also refused to answer a question about White Nationalists supporting him. No condemnation at all. When asked to condemn, he just walked out of the room. Really, really good.
これを日本語にしてみよう。皆さんはどう思うか。
「トランプのコメントは良かった。彼は我々を攻撃しなかった。双方に憎悪があると示唆した。・・・彼を支持する白人民族主義者に関する質問には答えなかった。非難は全くなかった。非難すべしと求められた時、彼は退席した。とても、とても良かった。」
これは米国なる国家のあり方そのものに関わる大問題だ。トランプ氏はやはり米国のダークサイドが生んだ政権である。ちなみに、この極右グループのウェブサイト、一回見る価値はある。(15日15時JSTでアクセスできない状態になっている)(写真3)
写真3:The Daily Stormerのロゴ
〇欧州・ロシア
欧州大陸は今週も開店休業、完全にサマーバケーションモードだが、14-18日に英政府がEU離脱に関するポジションペーパーを公表する予定という。一方、17日には日露次官級協議がモスクワで開かれる。7日に河野外相がマニラでロシア外相と初めて会談し合意したというのだが、一体何を話すのだろうか。
〇東アジア・大洋州 〇南北アメリカ
前述の8日のトランプ「炎と怒り」発言に対し、10日、北朝鮮中央通信(KCNA)は、同国が「弾道ミサイル4発を米領グアムに向け発射する計画を8月中旬までに策定する」と報じた。これを受け同日、トランプ氏は8日の「炎と怒り」発言について「厳しさが足りなかったかもしれない」と再び即興で述べた。
更にトランプ氏は、「北朝鮮がグアムに対して何かすれば、誰も見たことのないような事態が北朝鮮で起きるだろう」と再び警告した。また、先制攻撃を検討するかとの質問に対しては、「何が起きるかを見極める(We will see)」とだけ述べたという。(参考:写真4)
筆者のコメントは三つ。
第一は、トランプ外交がやはり危険であること。トランプ氏が金正恩と同レベルでないことを祈るしかない。
第二は、トランプ氏の警告は北朝鮮よりも中国に向けられたものであること。
第三に、ホワイトハウスの内の軋轢は危機的状況にあり、ケリー新首席補佐官でも十分調整できていないらしいことだ。
先が思いやられる。
写真4:ジョセフ・ダンフォード米統合参謀本部議長とビンセント・ブルックス在韓米軍司令官は、同盟は韓国を北朝鮮の脅威から護る、と語った。(14日ソウルにて)
@GaramoneDODNews のTweetより
〇中東・アフリカ
15日にシリアの反政府勢力の「高級交渉委員会」がリヤドで会合を開く。16日にはイラクの裁判所が、キルクークの政府庁舎にクルドの旗を掲げることの是非について公聴会を開くという。一応イラクでは民主制度が動いているように見えるが、恐らく判断は「否」だろう。問題はその後のクルド側の対応だ。
〇インド亜大陸
15日のインド独立記念日に際し、中国人民解放軍の代表が5か所でインド側と会合を持つそうだ。
今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ画像:トランプ米大統領 出典)The White House
※文中画像が表示されない場合は、Japan In-depth(http://japan-indepth.jp/?p=35562)で記事をお読みください。
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。