混迷サウジ 皇太子の野望
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2017#47 (2017年11月20-26日)
【まとめ】
・中国の特使が北朝鮮訪問するも、譲歩の可能性は低い。
・サウジの混乱は単なる権力闘争ではなく、国内の政治経済システムを改革し近代的王制下の生き残り策。
・露プーチン大統領は中東諸国首脳との会談を精力的にこなしているが米トランプ大統領は動いていない。
【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真の説明・出典のみが残っていることがあります。その場合はhttp://japan-indepth.jp/?p=37167のサイトで記事をお読みください。】
今週は中国が北朝鮮に派遣した「特使」をめぐる報道が乱れ飛んでいる。中国共産党・習近平総書記の特使として訪朝したのは宋濤・党対外連絡部長。17日には崔竜海・朝鮮労働党副委員長と、18日には李洙墉・同党副委員長と会談したが、20日現在、金正恩委員長との面会は報じられていない。
写真)中華人民共和国の宋濤(そう・とう)中国共産党対外連絡部部長(平成29年8月8日)
出典)首相官邸
気の早い向きは、「金正恩委員長との面会次第では、早ければ今月末にも米朝の接触が行われる可能性も出てきている」といった飛ばし記事まで書いている。それにしても、金正恩との面会すら実現する見込みが少ないのに、一体何の根拠があって米朝接触の話が出てくるのか。もっと冷静に考えてほしいものだ。
トランプ氏訪中の際、米側はより強く北朝鮮に圧力をかけるよう中国に対し求めたに違いない。だが、そもそも北朝鮮が中国の圧力で譲歩する可能性は低い。そのことを中国は承知の上で「特使」を送った。ということは、今回中国は米国に対し、努力を行っている「アリバイ」を証明したいのだろう。
写真)トランプ大統領と習近平大統領 2017年11月10日
出典)ドナルド・J・トランプ大統領facebook
そう考える理由は何かって?第一に、この「特使」が党中央委員・中連部長という低ランクの人物だったこと。5年前平壌に派遣された「特使」は政治局員だった。政治局員は25名しかいないが、中央委員は204名もいる。金正恩が中国共産党の204分の一でしかない格下の「特使」と会う可能性は低いだろう。
第二は、「特使」派遣が鳴り物入りで大きく報じられたことだ。これでは静かな交渉など期待できない。北朝鮮だって、欲しいものが得られるなら、非公式に交渉することも吝かではない。しかし、今回中国はそこまで踏み込んだ話をする気などなかったのだろう。これでは上手く行く筈がない。
今週筆者が注目するのは、最近サウジアラビアで起きている一連の混乱だ。11人の王子を含む200人近い王族、官僚、実業家が汚職容疑で拘束されたというが、見当外れの報道も少なくない。「宮廷粛清が始まった」「皇太子への権力集中」「汚職口実に政敵排除」といった見出しではサウジの実態を理解できない。
詳しくは今週の産経新聞のコラムを読んで頂きたいが、筆者の見立てでは、今回の拘束は単なる権力集中のためではなく、腐敗撲滅のためでもなく、国家収入増を意図したものでもなく、勿論、単なる権力闘争ではない。そもそも今のサウジにそんなことをやっている余裕などないはずだ。
ムハンマド皇太子の目的は、権力集中による荒治療で、サウジを世界に開き、国内の政治経済システムを改革し、原油代金で潤ってきた補助金漬け王国が近代的王制の下で生き残ることだ。その点では権力を集中して党の生き残りを賭ける習近平総書記と手法が似ているかもしれない。
写真)ムハンマド・ビン・サルマーン サウジアラビア皇太子
出典)ウィキペディア
〇欧州・ロシア
今週はロシア大統領が忙しい。20日にはソチでチェコのゼマン大統領やシリアのアサド大統領と会談し、22日にはイラン大統領とトルコ大統領との三者会談が予定されている。こうやってプーチン大統領が中東問題につき着々と布石を打っている時に、米大統領は一体何をやっているのか。中東という大事な地域を娘婿に任せておいて良いのだろうか。とても心配だ。
写真)11月20日 チェコ ミロス・ゼマン大統領とプーチン大統領
出典)ロシア大統領HP
写真)11月20日シリアのバシャール・アサド大統領とプーチン大統領
出典)ロシア大統領HP
〇東アジア・大洋州
20-21日にミャンマーでASEM(アジア欧州)外相会議が開かれる。22日にASEAN諸国のタイ湾での合同海軍演習が終了する。26日には空母ロナルド・レーガンが沖縄沖で日本と韓国との合同訓練を終える。北朝鮮は9月以来静かにしているのは、技術的理由か、それとも米国の抑止が効いているのか。
写真)2017年11月20-21日 第13回ASEM外相会合
出典)Association of South‐East Asian Nations
〇南北アメリカ
トランプ氏は相変わらずだ。19日には、中国で万引容疑で拘束されたUCLAバスケットボールチームの選手の父親が、釈放のためにトランプ氏が果たした役割を評価しなかったと強く非難したそうだ。しかし、米国市民の生命と財産を守るのは大統領の仕事ではないのか。実に器の小さい大統領である。
〇中東・アフリカ
21日にパレスチナのファタハとハマスがカイロで統一交渉を行う。報道によれば、ハマスも昔のような勢いがなくなったらしく、もしかしたらパレスチナ側の分裂状態がある程度改善するかもしれない。ハマスが強力である限り、イスラエルは横になるので、和平プロセスが進展しない悪循環が続く。
〇インド亜大陸
パキスタンが中国と両国間の「経済回廊」の特別経済区について話し合う。中国のパキスタンに対する影響力は圧倒的だが、逆に中国にしか頼ることができないパキスタンも悲劇である。今週はこのくらいにしておこう。
いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真)サウジアラビア ムハンマド・ビン・サルマーン皇太子 2016年9月4日 G20杭州
出典)ロシア大統領府
あわせて読みたい
この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。