スポーツ  投稿日:2018/5/13

人生の終盤に待つ残酷な未来

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為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)

【まとめ】

・チャンピオンスポーツでは条件を満たさず“代表漏れ”するのは当たり前。

・努力しても無駄と突きつけられなければ残酷な未来が待っている。

・現実を突きつけて、考えさせる機会を与えることが必要。

 

“残念ながらあなたは条件を満たせなかったので入れません”と言われるのは辛い。人生でわかりやすいのは、就職活動や、または失恋でもそうだろうか。自分が一生懸命やったにも関わらず、無理ですと排除される経験は二度としたくないと思う。

チャンピオンスポーツの特徴的な点はこれが当たり前になっているということだ。いくら五輪に向けて4年練習してきても、代表の数は限られているから当たり前のように代表漏れする。同じリレーメンバーで頑張ってきても、最後のレースは4人しか走れない。言葉をどのようにオブラートに包んだところで、いくら人数に制限があったからだという背景があったところで、言わんとしているところは“無理です。あなたは入れません”ということだ。

これを残酷と感じる人もいるかもしれない。人間の能力をはっきりと面に出し、評価をし、そして誰を入れるか誰を外すかを線引きするということを好まない人もいる。その場合、人の評価もふわっと曖昧なものが多く、自主的な改善を求めるという着地をしやすい。人は皆変われるからそれを待とうということなのかもしれない。

優しい文化だなと思う。どんな人間であれ、努力しても無駄だったと突きつけられるのは辛いことだ。また自分の能力はこの場所の条件を満たしていないと突きつけられるのも辛い。できることなら、大丈夫一緒に頑張ろうと言われた方がいい。だが、一方でこの繰り返しの先には残酷な未来も待っている。私が本当は何に向いていなかったのかが、はっきりとされないと最後までわからない。結婚するのかしないのか教えてくれないまま、20年間も曖昧な交際を引っ張られているようなもののだろうか。

また、終わるきっかけがなくなんとなく明日は保証されているので、生き残るために動いて自分を鍛えるという動機も弱くなる。一定期間であればそれもいいが、ある期間を超えると誰だったか教育に関する方が言った言葉で、

日本では小さながっかりを避けるあまり、将来に大きな絶望を与えている

というものがあった。言い得て妙だなと思う。自分の能力ややりたいことを評価するのが日本人はとても苦手だなと思うが、それは現実を突きつけて、考えさせる機会が少ないからではないかと個人的には思っている。何が向いているかはわからなくても、何が向いていないかを何回か突きつけられれば多少は向いていることを絞り込める。本当に残酷なことはなんなのか。人生の終盤になるほど考えさせられる。

(この記事は2017年9月19日に為末大HPに掲載されたものです)

トップ画像:イメージ図 出典 Pixabay photo by geralt

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この記事を書いた人
為末大スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役

1978年5月3日、広島県生まれ。『侍ハードラー』の異名で知られ、未だに破られていない男子400mハードルの日本 記録保持者2005年ヘルシンキ世界選手権で初めて日本人が世界大会トラック種目 で2度メダルを獲得するという快挙を達成。オリンピックはシドニー、アテネ、北京の3 大会に出場。2010年、アスリートの社会的自立を支援する「一般社団法人アスリート・ソサエティ」 を設立。現在、代表理事を務めている。さらに、2011年、地元広島で自身のランニン グクラブ「CHASKI(チャスキ)」を立ち上げ、子どもたちに運動と学習能力をアップす る陸上教室も開催している。また、東日本大震災発生直後、自身の公式サイトを通じ て「TEAM JAPAN」を立ち上げ、競技の枠を超えた多くのアスリートに参加を呼びか けるなど、幅広く活動している。 今後は「スポーツを通じて社会に貢献したい」と次なる目標に向かってスタートを切る。

為末大

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