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国際  投稿日:2014/7/17

[藤田正美]<アベノミクス「女性活用」のかけ声に疑問>わずか1割の女性管理職がそれ以上に増えない本当の理由

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藤田正美(ジャーナリスト)

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報道によると、経団連がまとめた役員企業47社の女性登用計画によると、27社で「女性管理職を2020年に3倍にする」などと目標が掲げられていたという。

女性の活用という掛け声の割には、実際の女性活用は進んでいない。女性管理職は1割にしか達していないというのは改めて驚きですらある。

先ごろ、ある一部上場企業の国際的に活躍する社員を育てる研修で話す機会があった。そこを訪れて驚愕した。50人ほどの研修生のうち女性がたった1人しかいなかったのだ。思わず研修の担当者に「これが一番の問題点ではないのですか」と言ってしまった。

やや弁解がましいが、各部局や関連会社からの推薦者なので、結果的に偏ったと説明された。つまりそれぞれが最も推薦したい人を出してきたから、ほぼ男性ばかりになったというのである。

1987年、もう30年近く前のこと、ニューヨークのニューズウィーク社に半年ばかり研修に行ったことがある。当時、ニューズウィーク日本版が創刊したばかりだった。向こうの編集部のなかに入ってみて驚いたのが、女性の多さだった。そして編集会議に出てさらに目を丸くした。編集幹部の半分近くがやはり女性だったのである。

日本版編集部にも女性はいたが、一般の雑誌や新聞ではまだ女性は少なかった。時間が不規則な職場は女性に向かないなどという理屈が公然と語られていた。生理休暇があったり子どもを産んだりする女性は、当てになる戦力ではない、とする考え方が強かった。

今はどうなのだろう。よく「能力さえあれば女性も男性も関係ない」という言葉を聞くが、それは本当なのだろうか。能力がないから登用しないと言うための「条件」になっていないか。

もともと、日本の企業は「能力評価」が弱いのだと思う。能力によって差をつけること自体が得意ではない。だから年功序列という制度を編み出した。歳を取ればスキルも向上しているはずだという理屈である。この制度は日本の風土というわけではない。戦前にはエリートとして扱われる人々がいた。典型的には役所の高等文官というのがそれである。

自分にスキルがあると考える人々は、年功序列制度の中にとどまる道を選ばなくなった。転職とかヘッドハンティングという言葉が流行したころである。しかしバブルが弾け、失われた20年の中で、若者は再び競争よりも安定の道を選び始めたように見える。しかしそうなるとまた女性であれ男性であれ、能力を正当に評価するという企業も減ってしまうのかもしれない。

それが意図せずに表れたのが私の見た「紅一点」ではなかったのだろうか。

 

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