[田村秀男] 【中国の東アジア経済支配を阻止せよ! ~安倍政権は完全なる脱・財務官僚依存を~】
田村秀男(産経新聞特別記者・編集委員)|執筆記事|プロフィール
内閣改造も結構だが、しょせんはコップの中の政局ゲームだ。安倍政権は経済力を膨張させ、アジアに君臨しつつある中国に対して巻き返しを真剣に考えるなら、アベノミクスを台無しにしかねない官僚への政策依存から完全に脱却するのが先決ではないか。
話は3年前にさかのぼるが、グリーンスパン米連邦準備制度理事会(FRB)議長(当時)は、テレビのインタビュー番組で「米国債は安全ですか?」と聞かれた。議長は「安全です。米国はいくらでも債務を支払えます。なぜならわれわれは、そうするために常にドルを刷れますから。ですからデフォルト(債務不履行)の可能性はゼロです」と答えたという(金融ジャーナリスト森岡英樹さんの「夕刊フジ」コラムから)。
お札を刷れば借金だって払えるし、石油でも何でも買えるのは覇権国の特権である。米国はその妙味を存分に享受している。中国はその米国を手本にして人民元の国際化を進めている。かつては財務官僚を中心に「円の国際化」をさんざん議論しておきながら、何の成果も得られなかった日本とは大違いである。
グラフを見よう。2013年、中国の対外貿易での人民元による決済額は日本のそれの円による決済額を初めて上回った。人民元は 7080億ドルで前年比57%増、円は16%減である。今年は人民元決済に加速がかかり、年前半の実績値から推計すると、円建て決済の倍近くに膨れあがる勢いだ。日中とも自国通貨建て貿易は東アジアが主であり、東アジア圏で円は人民元によって駆逐されつつある。
人民元によるビジネス取引を増やしている国や地域は、人民元を手元に持たなければ払えず、中国との貿易にますますのめり込むようになるので、政治的立場に影響する。中国の海洋進出を東南アジア諸国連合(ASEAN)各国が警戒しても、その足元では経済の対中依存が高まっており、結束して毅然として中国に対峙できるはずがない。
1997年にアジア通貨危機が勃発し、日本が巨額の資金を出資するアジア通貨基金 (AMF)設立に期待したタイ政府の元高官は、あとで中国が米国 に 同 調 し て AMF創 設 に 反 対 す る と 知 っ た 途 端 に 日 本 支 持 の 手 を 引っ込めた。筆者が「なぜだ」と聞くと、「AMFと日本の支援は欲しいが国境を接している中国を怒らせるととんでもないことになる。そんなことは絶対にできない」と語ったことがある。結局、中国の圧力が決め手となってAMFは構想倒れに終わった。
今回、習氏は米国に対抗して積極的な通貨攻勢をかけている。一つは、日米主導のアジア開発銀行に対抗する「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」で、中国主導のAMFでアジア各国のインフラ建設を支援するという。もう一つは、BRICS5カ国(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)共同出資による発展途上国向けの新開発銀行で、本部を上海に置く。新興国・途上国の外貨準備合計の約 5割のシェアを持つ中国はそれを見せ金にして、人民元建てによる投融資を一挙に拡大して、ドルに挑戦する構えだ。
それに対して、日本の財務省官僚には全くと言ってよいほど、危機感がない。財務省国際局で「円の国際化」に取り組んだはずの中尾武彦アジア開発銀行総裁は「AIIBを創設するなら立派なものを作って欲しい」と中国にエールを送らんばかりだ。他国との摩擦を避け、無事に自省の後輩にポストを引き継ぐことに腐心するのが国際機関トップに座る官僚の習性だ。省益こそが最優先の事なかれ主義で、国益や国家戦略というものが念頭にないこの姿勢は、消費税増税を安倍晋三首相に呑ませて、アベノミクスと日本経済を窮地に陥れても何ら痛痒を感じない財務省主流派官僚の考え方と変わらない。
安倍首相が本気で中国への対抗を考え、日本経済再生に本気で取り組み、アジアでの信頼を取り戻すつもりなら、財務官僚の言いなりにならない真の意味での政治主導に立ち返るべきではないか。
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