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.国際  投稿日:2013/10/30

[藤田正美]海図なき世界経済


Japan In-Depth副編集長(国際・外交担当)

藤田正美(ジャーナリスト)

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先日、衆議院の予算委員会で民主党の前原誠司議員が黒田東彦日銀総裁に詰め寄っていた。要するに「出口戦略を示せ」というのである。出口に向かうときにはリスクもあると言わせたかったということだろうが、超金融緩和をしている日銀に「いつから引き締めるのか、はっきりしろ」と言っているようなものだから、明確な答弁になりようもない。

それに明らかに昔とは違う。これだけお金がだぶついているというのに、インフレになる勢いは弱いままだ。それは、日本のようにGDP(国内総生産)の2倍という巨額の債務を政府が抱えている国にとって、困ることなのだと思う。債務解消は誰が考えても大変だ。方法は3つ。増税、次に財政支出の削減、そしてインフレである。

増税は来年4月に消費税を現在の5%から8%にすることにした。2015年10月にはさらに2%ポイント上乗せして10%にすることになっている。現在の5%が10%になって、年間でどれくらいの増収になるか。国税分だけだとざっと10兆円だ(それだけの増収になるのは2016年度ということになる)。

それに対して、いま国債費を除くいわゆるプライマリーバランスの赤字は23兆円ほど。つまり税収としてはまだ13兆円足りない。もちろん経済が上向けば、法人税収入が増えるだろうし、個人所得が増えれば所得税も増えるだろう。それでも消費増税だけで、財政をバランスさせようとすれば、まだ後7%ポイントほど上げて、17%前後にしなければならない計算である。欧州の多くの国が20〜25%ほどだから、まあ欧州並みになるということだ。

もちろん増税だけで赤字を解消できるわけではない。歳出削減も重要である。しかし歳出のうち最も大きいのは社会保障関連費。国が予算から支出する分はそれだけで28兆円ほど。歳出(国債費を除く)のほぼ4割を占める。しかもこれは団塊の世代が前期高齢者から後期高齢者と歳を重ねるにつれ、その負担はどんどん重くなる。黙っていても毎年1兆円以上は膨らむ。

ということは、他の支出項目を懸命に削ったとしても、歳出全体でみれば、胸を張れるほどには削減できない可能性が高いということだ(ちなみに社会保障関連の次に金額が大きいのは地方交付税交付金だが、それも大半は社会保障関連費である)。

こうなると実は政府の頼みの綱はインフレなのだと思う。物価上昇率がたとえば3%になれば、乱暴な言い方だが、1000兆円の政府の借金は毎年30兆円ずつ「目減り」していく。3年経てば約100兆円も減る。実は戦後の高度成長のなかで、政府も企業もインフレによって債務が「自動的に」減るという恩恵を被ってきたのだと思う。

しかし問題はインフレ(もちろん2〜3%ぐらいの制御されたインフレ)になるのかということだ。実際、ハーバード大学のニーアル・ファーガソン教授は、「インフレによって債務が減るということはない。孫子の時代に負の遺産を残す」という主旨のことを『The Great Degeneration』という著書の中で書いている。つまり、インフレが「貨幣現象」と言い切るフリードマン説に真っ向から反論している。どちらが正しいかはまだ分からない。

そういえば、借金してでも景気をよくすることが必要だと主張していたプリンストン大学のポール・クルーグマン教授と、緊縮派のファーガソン教授は、対照的な存在だった。そしてそれぞれの政策を代表しているのがアメリカとイギリス。

アメリカは、何とかかんとか景気回復への道を歩んでいるが、債務問題がこれからもたびたび顔を出すだろう。イギリスは、苦しい時期を乗り切り、世界中のエコノミストが驚くほどの回復ぶりだ。それで世界経済全体はどう動くのか。それはまだ分からない。

もちろんアベノミクスが本当に効果を発揮するのか、それもまだ分からない。首相は国会でよくこう口にする。「実際によくなっているんですよ」。今から1年後には果たしてどう答弁しているだろうか。

 

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