[古森義久]【オバマ大統領は愛国心がない?】~元NY市長が指弾した理由~
古森義久(ジャーナリスト/国際教養大学 客員教授)
「古森義久の内外透視」
「オバマ大統領はアメリカという国を愛していないのだ」――こんな発言がアメリカ社会に波紋を広げた。一国の元首が自国を愛していない、というのだ。しかも発言したのが知名度の高い人物だったから反響は大きかった。この過激な発言の背景には、今のアメリカの国内分裂の悩みが影を広げているという点で、特に意味が深いといえよう。
この2月18日のことだった。発言したのは元ニューヨーク市長のルドルフ・ジュリアーニ氏。ジュリアーニ氏といえば、1994年1月から2001年12月末までニューヨーク市長を務めた政治家である。本来はニューヨーク市の連邦検事として凶悪犯罪の取り締まりに当たり、とくに犯罪組織のマフィアの検挙に大きな功績をあげた。その結果、市民の人気が高まり、市長にまで選ばれたのだった。
ジュリアーニ氏はさらに2001年9月11日のアメリカへの同時多発テロ攻撃への対処でも全米から賞賛を浴びた。イスラム過激派テロ組織アルカーイダの工作員たちがニューヨークの世界貿易センターなどに旅客機を突入させた、あの大事件である。
ジュリアーニ氏は地元ニューヨークの市長として整然かつ毅然たる対応措置を円滑にとったことを評価されたのだった。そして同氏は2008年の大統領選挙予備選では共和党の有力候補の一人にも推薦された。そんなジュリアーニ氏が地元の公開の大きな集会で次のように述べたのだった。
「オバマ大統領はそもそもアメリカという国を愛していないと思う。あなたや私が(普通のアメリカ市民として)アメリカを愛するようには愛していないのだ」
この発言の直接の契機となったのは、オバマ大統領がワシントンでこのほど開かれたテロ対策の国際会議で「イスラム」という言葉を使うのを拒否したことだった。この会議は明らかに、いま全世界を震撼させるイスラム過激派テロ組織の「イスラム国(ISIS)」への対処や闘争を協議することが主眼だった。多数の諸国の代表がその前提で参集していた。
ところがこの会議の開催を提唱したオバマ大統領はあえて会議の名称を暴力的過激主義対策サミット」とした。焦点をISISに絞らず、「イスラム」という言葉さえも打ち出さないことに固執した。「彼ら(ISIS)はイスラム教を守る聖なる戦士とか宗教指導者を自称するが、その活動はイスラムでも宗教でもない」というのが同大統領の理由づけだった。
これに対して「いまの主敵を明確にしない対策は意味がない」「イスラムの教理を曲解にせよ、活動の原理にするISISのイスラム性を無視はできない」などという反発が噴出した。従来からオバマ政権のイスラム世界への消極姿勢を非難する共和党系だけでなく、安全保障関係分野、学界や言論界からも批判が起きて、アメリカ国内のイスラム教徒団体も「会議の名称にせめて対ISISと明記すべきだった」と非難した。
オバマ氏はミドルネームの「フセイン」が明示するように父方の系譜にケニアのイスラム教徒が存在した。だからイスラム教自体に厳しい姿勢をとりたがらないとされてきた。その背後にはオバマ氏がアメリカのどの大統領も自明としてきたアメリカ独自の価値観や宗教観、つまり自由と民主主義、キリスト教尊重という基本には背を向けるのだという不満や不信が大きな影を広げている。
ジュリアーニ氏はこうした背景のなかで、アメリカ国内の保守、中道の幅広い層にくすぶってきたオバマ大統領への疑いを率直な形で表明したのだといえる。いまのアメリカにはこのように大統領の愛国心を否定するほど激しいオバマ氏不信が広まっているのである。