[古森義久]【TBS北朝鮮報告の「偏向」】~安倍政権の政策への批判の根拠は?~
古森義久(ジャーナリスト・国際教養大学 客員教授)
「古森義久の内外透視」
TBSがドラマで北朝鮮による日本人拉致事件の解決を願う側のシンボルの青いバッジを付けた政治家を徹底した悪役に描いていたことはこのコラムでもすでに報じた。TBSは報道や論評では一貫して自民党の安倍晋三政権に対して批判的な基調を保っていることは否定できまい。
だからなるほどとも思わされたのが、10月12日深夜に再放映された北朝鮮報告だった。10月10日にすでに放映された報告の再放送だという。おもしろいと思ったのは2点だった。番組は北朝鮮当局に特別に招かれたらしいTBSの記者が平壌の各所を回り、記者自身の感想を入れて、「北朝鮮社会の実態」を伝えるという趣旨だった。
まず第一は記者の「経済制裁が効いている気がしない」というコメントである。周知のように日本政府は拉致問題解決のために「対話と圧力」という標語を掲げ、北朝鮮への一連の経済制裁を実施している。北朝鮮の独裁政権が国際孤立や経済悪化が一定線を越えて激しくなったときに対外譲歩をするというパターンをみせた2002年の金正日書記による日本人拉致自認の実例を基礎とした経済制裁措置である。
ところがTBS記者は北朝鮮当局の案内で訪れた豪華水泳プールやエリート高校を見ての総括のように「経済制裁が効かないのは個人の自由な経済活動が認められた、ニューリッチとも呼べる富裕層が緩衝役を務めるからだと思う」と解説した。北朝鮮に本当に新しい富裕層がいるのか、いたとしてもその存在がなぜ国家全体への外部からの経済制裁の効果をなくしてしまうのか。その説明の理屈がまったく不明解である。あまりにも情緒的な感想なのだ。だが全体としては日本政府の現在の対北朝鮮制裁に対する批判、反対が明確となる。
第二は同じ記者の「北朝鮮にとって日本の外交的な優先順位が下がっている」という感想だった。「中国や韓国との関係がよくなったため、北朝鮮から日本との関係改善を求めることはないだろう」ともいうのだ。確かに中国は10日の平壌での軍事パレードに劉雲山政治局常務委員を派遣した。久しぶりの中国の大物高官の北朝鮮訪問だった。だがこの訪問だけで中朝関係が一挙に改善したといえるのか。韓国との関係改善の根拠とはなんなのか。アメリカとの関係がよくなったのか。みな答えは不明のままである。だが同記者は「だから日本は拉致問題解決には新しい知恵をしぼらねばならない」と現在の安倍政権の政策への批判できちんと総括していた。
いずれも北朝鮮の当局が選び、当局者が同行しての「ガイド・ツアー」での北朝鮮報告である。相手の都合のよい「点」だけをみせられ、「線」や「面」はみえないという共産主義諸国の外国メディア誘導法の典型だといえる。その結果の最大の結論が自国政府の政策批判なのだから、どうしても「偏向」という言葉が連想されてしまうのだった。