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.政治,ビジネス  投稿日:2015/10/18

[清谷信一]【わざわざ旧式兵器を新たに調達する陸自】~国内企業のライセンス生産守る為?~


清谷信一(軍事ジャーナリスト)

執筆記事プロフィールWebsiteTwitter

陸上自衛隊は現用の「84ミリ無反動砲」の後継を2012年に導入を決定し、調達を始めた。現用の「84ミリ無反動砲」はスウェーデンのサーブ・ボフォース・ダイナミクス社のカール・グスタフM2を当初は輸入し、後に豊和工業がライセンス生産してきた。新型はカール・グスタフM3で、輸入品である。これだけを見れば、「新型」のように思えるかもしれない。ところが昨年既に更に新型のM4が発表されている。

なぜ防衛省は後継機種にM3を選んだのだろうか。M4は2016年からデリバリーされる予定だ。後継を選ぶのであれば、M4がリリースされたあとにM3と比較してからでも遅くはなかったはずだ。

筆者はサーブ関係者から、5~6年前にはM4を開発中との話を聞いておりその話は書いてきた。またこの話は他でも報道もされてきた。陸幕の装備調達を担当する装備部がこの話を知らなかったとは思えない。知らなかったとすれば陸幕装備部の情報収集能力はアマチュアの軍オタ以下、ということになる。

実際問題としてサーブ・ボフォース・ダイナミクス社の代理店である国内商社は情報を知っていたはずだし、陸幕装備部に伝えていたはずだ。もしそれを怠ってM3を「押し付けた」ならば陸幕の信用を失うだけであり、故意に教えないことによって商社が得るメリットはなにも無い。

筆者は9月にロンドンで行われた軍事見本市、DSEIのサーブ・ボフォース・ダイナミクス社のブースで、現物のM3及びM4を実際に触りながら説明を受けきた。

まず大きく異なるが重量だ。M4の重量は7㎏未満。およそ10㎏のM3より3.4㎏ほど軽い。(因みに現用の陸自のM2の重量は16.1㎏)である。これはバレルにチタン合金製を採用したり、多くのコンポーネントに炭素繊維の複合材を使用し、また全長を短くしたためだ。

M4の全長は950ミリで、1065ミリのM3よりも115ミリ短い。このため取り回しも良くなっている。また携行用のハンドルも大きくなり、前部グリップが折りたためる用になったり、グリップや肩当ての形状なども、より人間工学的に向上したりしており、扱いやすくなっている。このため取り回しに際しては実際異常に軽く感じられる。
M3(左)とM4(右)
また安全装置が追加されたので、弾薬を装填したたま安全に携行することが可能である。また初弾を装填する時間もより短くなっている。これらは即応戦闘能力の向上に大きく役立っている。

更にオプションとしてインテリジェント化された照準器、ドットサイト(赤いドットが中心に浮かぶ等倍率の光学照準器で、即座に照準がつけやすいので、とっさの交戦に有用)、更に暗視装置と組み合わせることができる、テレスコープ式の照準器が用意されており、より正確な照準が、特に夜間戦闘での正確な射撃、あるいは即時交戦能力が大きく向上している。更には世界的にデファクトスタンダードとして定着しているレールマウントシステムが装備されているので、独自の運用思想に合わせて照準システムやレーザー測距儀などの装備を装着して使用することもできる。

そして射撃弾数のカウンターが装備されている。これは射撃した弾数を記録することによって、砲身の寿命を計ることができる。M3までは兵士がメモなどに記録する必要があったが、不正確になりがちだった。このカウンターの採用で個々のカール・グスタフの寿命を正確把握できるので、兵站上の管理が大いに楽になる。つまりM3からM4では別物といっていいほどの進化を遂げている。

では何故陸自は「あえて」旧式化したM3を採用したのだろうか。確かにM4はM3よりも値段が高くなるが、何倍も高くなるわけではない。3.4キロの軽量化は隊員の肉体的な負担軽くする、あるいはより多くの、また照明弾や発煙弾、多目的弾などより多彩な弾種を携行することによって戦術的な柔軟性や火力を獲得できる。またオスプレイや水陸両方装甲車AAV7などを「気前よく」買う陸自が気にするような額ではないだろう。

それは恐らく、豊和工業にライセンス生産の仕事を振るためではないだろうか。現用のM2も昭和54(1979)年度からの導入当時は輸入で、昭和59(1984)年度から豊和工業のライセンス生産に切り替わっている。

だがM4はチタン合金や炭素繊維などが新素材が多用されており従来の加工技術ではコンポーネントが生産できない。炭素繊維部分はベンダーを探せば何とかなるが、チタン合金製の砲身の加工には新しい設備投資と技術が必要となる。恐らくかなりの設備投資が必要となるだろう。

であれば豊和工業では生産できない。生産するとしてもコストが極めて高くなり、財務省を説得できないだろう。また砲身やコンポーネントが輸入して組み立てるだけならば「ライセンス生産」ではなく単なる「アッセンブリー生産」となり、これまた単価を押し上げるだけで国産化する名目が立ちにくい。

豊和工業は他にも89式小銃、81ミリ及び120ミリ迫撃砲などを生産しているが、89式は近く生産が終わり新小銃に切り替わるだろうが、迫撃砲の調達数は減っている。これで無反動砲の生産が終わってしまえば、同社の防衛省向けの売上は大きく減少するだろう。そうであれば天下りを受け入れることも難しくなる。

岩田清文陸上幕僚長は昨年11月6日の定例会見で筆者の質問に答える形で、将来M4に調達を切り替える可能性が残っていることを示唆したが、今後この件の行方を注視しなければならない。仮に切り替えるにしても、そうなれば当面M2,M3,M4の「三世代同居」となり、訓練も兵站も三重となって不効率となる。

こういう怪しげな調達は防衛費の無駄使いだけではなく、現場の隊員に大きな負担をかけ、また士気を落とすことになる。是非とも政治やマスメディアはこのような調達の問題に興味をもち、追求してもらいたい。

トップ画像:カールグスタフM4、写真提供 サーブダイナミックス

文中画像:M4(右)とM3(左)ⓒ清谷信一

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