[古森義久]【NHK解説委員の歪んだテロ観】~原因は「貧困と較差」のみ?~
古森義久(ジャーナリスト・国際教養大学 客員教授)
「古森義久の内外透視」
NHKの解説委員たちはテロリズムの原因はすべて「貧困と格差」にあると断じていた。無差別の大量殺戮が目前で起きていても、その残虐な犯罪行為を単なる経済問題としてしかみないのだ。テロをめぐる事実関係をみても、国際的常識をみても、まったく現実から遊離し、テロの危険性をみない点では逆に危険な認識である。1月5日の午前零時すぎからのNHKテレビ「時論公論」という番組をみていて、こんな実感を禁じえなかった。国内政治や国際問題に経験を積んできたというベテランの解説委員4人が並んで、2016年の内外の課題を語る番組だった。
その番組でパリで起きたイスラム過激派テロ組織IS(イスラム国)の無差別大量殺人行為などについてNHK解説委員たちは次のような発言をしていたのだ。
「貧困と格差をなくさない限り、テロリストはなくならない」
「ISを潰してもまた別のテロ組織が出てくるだけ」
「いわゆるテロとの戦いは軍事だけであってはならない」
「日本でも社会の貧困と格差がテロリストを生み出すのだ」
「日本は島国だが、ホームグロウン(自国育ち)のテロリストが貧困と格差で生まれる」
「先進国と他の諸国の経済格差をなくさないと、テロが増える」
以上のような解説を島田敏男氏という委員が中心になって繰り返していた。テロのその解説には「イスラム」「過激派」「イデオロギー」「宗教」「殺戮」「暴力」などというテロリズムの核心に関する言葉や概念はまったく出てこなかった。すべて「貧困と格差」がテロの原因であり、その経済問題に対処することがテロ対策のすべてであるかのように語るのだった。
このNHK思考というのはこのコラムでも紹介してきたドイツのメルケル首相やイギリスのベン議員の対応とはまったく異なっている。イスラム過激派のテロ行動には、もちろんどこかで貧困や格差がからんでいるとしても、原因や動機の主要部分は特殊で過激なイデオロギーあるいは信仰や思想だとみるのが国際的なコンセンサスである。
だがNHK解説委員たちはそれらの主要部分にまったく触れず、すべてを経済問題ですませているのだ。これこそテロの危険を伝えず、テロに甘く、テロを許容するような諸点できわめて危険な認識だろう。
目の前で罪のない老若男女の生命が冷酷に奪われる。無差別な機関銃の掃射や無差別な爆弾の炸裂により同じ人間を多数、殺してしまう。国家や社会の秩序を暴力で破壊し、最も無防備で無関係な男女を抹殺してしまう。こんな行為は文明社会自体を否定する凶悪な犯罪である。その犯罪を「貧困と格差」が原因だから、やむをえないというふうに扱う。
大規模な無差別殺人と戦うことさえにも否定的な言辞を浴びせる。これは偽善を通り越しての、暴力の助長の犯罪に近い態度に思えるのである。