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.社会  投稿日:2016/2/9

民間より高い「特養」に閑古鳥 その2〜介護職員確保が最優先〜


相川俊英(ジャーナリスト)

「相川俊英の地方取材行脚録」

「1億総活躍社会」の実現を掲げる安倍内閣は、「介護離職ゼロ」を目指して特養増設の方針を打ち出している。特養は14年度末時点で全国に8781あり、この10年間で5割以上も増えている。しかし、それでも入所待機者が約52万人もいるというのが、増設の大義名分である。

約52万人の入所待機者のうち、要介護度3〜5の該当者は約15万人。一方、介護を理由とする離職者は毎年10万人前後も発生している。こうした状況を踏まえ、20年度までの目標に約12万人分を上乗せし、50万人分の介護サービス整備を加速させるというのである。

25年には団塊世代が75歳以上となり、介護需要が一層増加することも考えての緊急対策である。すでに国有地を格安で介護事業者に貸し出すことや定期借地権の一時金支援の拡充、空き家を活用した整備支援などを決めている。介護施設整備を国策とする意気込みだが、福岡県行橋市で起こっていることが各地に広がる恐れはないか。

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特養の整備計画は入所待機者数などをベースにして策定されているが、そもそも「52万人」という数字をどう読み取るかが難しい。ある自治体の老人福祉施設担当者からこんな話を聞いた。この自治体には400人余りの待機者がいて、要介護度の重さや認知症の程度、家族の介護力などを基に特養入所の優先順位がつけられている。

特養に空きが生じると、この優先順位に基づいて連絡を入れることになっているのだが、「もう少し自宅で頑張りたい」と断られるケースが多く、10人から15人くらい電話をかけてやっと入所者が決まるというのである。すなわち、52万人という数字は仮需である可能性が高く、待機者の実態をより詳細に把握する必要がある。

また、国がこれまで推進してきた「地域包括ケアシステム」によって自治体の在宅サービスも充実しつつあり、「特養に入らざるを得ない状況を少しでも遅らせるように取り組んでいる。特養へのニーズがこれまでと同じように続くとは考えにくい」(同自治体担当者)。

さらに、喫緊の課題が目の前に広がっている。介護現場での人手不足は一向に解消されず、東京などの大都市部ではより深刻な事態となっている。東京都高齢者福祉施設協議会が15年9月に実施した実態調査によると、職員不足のために入所者数を減らした特養が8つ、ショートステイの利用者数を削減した施設が4つ、ショートステイそのものをやめてしまった施設が3つあった。

つまり、いくら特養を増やしても、そこで働く人材がいなければ、施設は無用の長物となりかねない。そもそも2020年代初頭には約25万人の介護職員が不足するといわれている。人材育成と人員確保を最優先課題として取り組むべきではないか。

(この記事は 民間より高い「特養」に閑古鳥 その1〜行政の見通しの甘さ露呈〜 の続きです。全2回)


この記事を書いた人
相川俊英ジャーナリスト

1956年群馬県生まれ。早稲田大学法学部卒。放送記者を経て、地方自治ジャーナリストに。主な著書に「反骨の市町村 国に頼るからバカを見る」(講談社)、「トンデモ地方議員の問題」(ディスカヴァー携書)、「長野オリンピック騒動記」(草思社)などがあり、2015年10月に「奇跡の村 地方は人で再生する」(集英社新書)を出版した。

相川俊英

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