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.政治  投稿日:2016/3/4

市民100人が地域戦略策定


相川俊英(ジャーナリスト)

「相川俊英の地方取材行脚録」

地方創生を進めるための「総合戦略」を全国の自治体が立てている。一昨年制定された「まち・ひと・しごと創生法」により、今年度中の策定が義務付けられたからだ。国は人口減少対策を最重点課題と位置づけ、各自治体に数値目標を掲げさせるなどこれまでとは違った地域戦略を求めている。幅広い層の意見を聴取する組織を設置させるなど、地方創生に向けた取り組みに発破を掛けている。

だが、もっともらしい計画の策定は自治体(行政)にとってお手の物。また、りっぱな計画を作って終わりというのも行政の悪しき習性といえる。国が地方再生の目玉策とする地方版総合戦略も、実は、これまでと同様の手法で策定されているケースが多い。住民からの意見聴取は形だけで、行政内だけでの立案やコンサルタント頼みでの計画作りが相変わらずなのである。

こうした地方創生の主役を抜きにした計画作りに新たな展開など、期待できるはずもない。戦略の中身よりも、むしろ、つくる過程が重要であるだと考えるからだ。そうした問題意識からある自治体の取り組みに着目した。

「こんなに真剣に市のことを考えたことはありませんでした。密度の濃い時間を過ごすことになりました。無作為で(私を)抽出してくれたコンピューターに感謝したいくらいです」

司会者に感想を尋ねられた女性がこう語ると、会場内は和やかな雰囲気に包まれた。

2月21日、茨城県行方(なめがた)市の北浦公民館で「なめがた市民100人委員会」なるものが開かれた。最終回(6回目)となったこの日は、100人委員会が中心となってまとめた行方市の「総合戦略案」を市民に報告、説明し、質疑応答や意見交換する場となった。

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市民からの質問や意見が出尽したあと、司会者が100人委員会のメンバーにマイクを向けたのである。女性に続いて若い男性が「皆さんと半年間、前を向いて楽しく議論ができました」と明るく語ると、年配の男性は「自分たちの意見が市政に反映されていくことを実感できました」と、それぞれの思いを率直に明かした。

地方自治の現場でよく「住民参加」という言葉が使われる。自治や地域作り、行政や議会の動きなどに住民が積極的に加わるべきといった意味合いで使われる。だが、住民は本来、地方自治や地域作りなどの当事者そのものであり、参加するもしないもない。主役であるからだ。当事者意識を持たずにいる住民と当事者意識を持った住民を本音では煙たがる行政の双方に大きな問題がある。

行方市は総合戦略の策定プロセスを重視し、全く新しい手法を採用した。昨年7月に「なめがた市民100人委員会」を立ち上げたのである。鈴木周也市長のリーダーシップによるものだ。

100人委員会の仕組みはこうだ。まず無作為で抽出した市民3000人にアンケート用紙と「総合戦略の計画作りに参加しませんか」とのハガキを送付し、応募のあった90人を委員会メンバーとした。同じ顔ぶれになりがちな公募や推薦による従来の市民参加型委員会とは異なり、行政と全く接点のなかった人や行政にものを言いたいといった人など幅広いメンバー構成となった。

100人委員会は4つの分科会にわかれ、テーマごとに現状把握と取り組むべき施策の議論を行う。各分科会に外部識者による進行役と論点提示役を置き、市の担当職員も説明役や討論者として加わる。行政がよくやる事前の根回しや台本作りなどはご法度で、見知らぬ住民同士がテーブルを囲んで自由闊達に話し合う。その一方で、「言いぱっなし」で終わらぬように各委員は必ず課題と改善提案を記載する。100人委員会は土日の昼間に開催され、委員は無報酬。交通費も自腹となる。こうした100人委員会の運営に力を貸したのが、政策シンクタンク「構想日本」(加藤秀樹代表)である。

これまでとは違った住民たちと平場で話し合う100人委員会に市職員は当初、戸惑ったという。住民視点での素朴な質問や意見をぶつけられることも考えられ、一方的に説明するだけでは済まされない。住民ときちんと話ができるコミュニケーション能力が求められるからだ。最終的に鈴木市長が100人委員会のメンバー職員を決定したという。

それでも事務局となった市総合戦略課に市民と職員の双方からいろんな声が寄せられたという。総合戦略課の大久保雅司課長はこう語る。「100人委員会には2つの大方針がありました。まずは否定をしないこと。そしてどうやったらできるかを議論することです。目的やベクトルは皆さん、同じ。行方をよくしたいということです。職員の意識改革にもつながったと思います」

では、100人委員会が中心となってまとめた行方市の総合戦略案の中身を紹介しよう。掲げられた3つの基本理念に注目したい。

一つは「継続から変革へ」で、「市民、地域、行政が同じ目線で考え話し合うこと、市民が中心となり自発的な地域活動を活性化させることを目指します。そのためには市民、地域、行政に意識変革が必要となります」と明記している。

二つ目が「みんなが主役のまちづくり」だ。「市民自らが市の現状や課題を知り、解決策を考え議論し、活動できること、つまり地域課題を「自分事」として捉えることが大事なのです。今回の総合戦略の策定を機に、行政は市民が主役として輝くことができる環境づくりを行っていきます」と謳っている。

3つ目は「身の丈に合った市政運営」である。「子や孫の世代に負担をできる限り残さない努力をすることで、将来世代が希望の持てるまちづくりを行います。限られた財政規模で質の高い行政サービスを提供できる身の丈に合った仕組みを構築します」としている。この3点こそ、全ての自治体が持つべき基本理念ではないだろうか。

トップ画像:100人委員会第二部のパネルディスカッション、鈴木市長・河野太郎行革防災担当相・「構想日本」の加藤秀樹代表 ©相川俊英
文中画像:行方市麻生庁舎 ©相川俊英


この記事を書いた人
相川俊英ジャーナリスト

1956年群馬県生まれ。早稲田大学法学部卒。放送記者を経て、地方自治ジャーナリストに。主な著書に「反骨の市町村 国に頼るからバカを見る」(講談社)、「トンデモ地方議員の問題」(ディスカヴァー携書)、「長野オリンピック騒動記」(草思社)などがあり、2015年10月に「奇跡の村 地方は人で再生する」(集英社新書)を出版した。

相川俊英

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