トランプ候補、また排外主義 その2 米国とは何か、米国人とは誰か
岩田太郎(在米ジャーナリスト)
「岩田太郎のアメリカどんつき通信」
対して、エール大学のジャック・バルキン教授や、サンディエゴ大学のマイケル・ラムゼー教授などは、憲法制定当時の起草者は英国法をモデルにしており、当時の英国法では外国で英国人の親のもとに生まれた者を『生得の英国臣民』とする「みなし解釈」をしていたことから、これが起草者の念頭にあり、米国憲法にも援用されたとする。また、「クルーズ氏が生まれた1970年当時の法律では、外国で米国人の親のもとに生まれた者ははっきりと、『生得の合衆国市民』と解釈されており、クルーズ候補は大統領になる資格がある」と主張する。
この「1970年当時の米国法に基づく生得の市民権」というのは、多少のフェミニスト的主張も含んでいる。1936年まで、外国人と結婚した米国人女性は自動的に米国市民権を失い、夫の国籍を取得することになっていた。だから、1936年以前であれば、母親は血統主義で米国籍をクルーズ氏に継がせることはできず、同氏は「生得の市民権」を取得できなかったことになる。「1970年当時の米国法に基づく生得の市民権」に基づく大統領資格を主張することは、女性の権利から米国人であることを主張することにもなるのだ。
また、トランプ氏がクルーズ氏の資格問題を取り上げたとばっちりで、クルーズ氏の家族の「過去」まで公にさらされることとなった。母親は1956年にクルーズ氏の父親とは別人の米国人男性と英国で結婚しており、離婚後、父親が不明の男の子を産んだが、最初の夫の子と偽った。その乳児が1966年頃に原因不明の突然死を遂げた後、彼女は米国に戻ってキューバ人であるクルーズ氏の父親と1969年に米国で結婚し、1970年にクルーズ氏がカナダで生まれたのだ。
クルーズ氏の生い立ちは、出生後にすぐケニア人の父と米国人の母が離婚し、母親の新しいパートナーのもとでインドネシアやハワイなどで育ったオバマ大統領の国際的な背景を彷彿とさせる。もはや18世紀後半の米国憲法制定時とは違い、20世紀後半には米国の覇権拡張や国際化に伴い、子供たちが米国外で生まれたり、多重国籍を持つのが当たり前となっていたのである。その点、大統領になれる「生得の米国市民」を米国生まれのみと狭く解釈するのは、現実にそぐわない面も出てきているのだ。
こうしてトランプ氏は意図せずして、「米国とは何か、米国人とは誰か」という問題を深く考えさせる契機をも作った。
オバマ大統領が米国生まれではないというのは、トランプ氏お得意のウソだが、その出生地であるハワイがなぜ米国なのか。ハワイが19世紀末に米国に併合された際に米国が用いたのは、ロシアのプーチン大統領が2014年にクリミア併合に使った「自国民保護と現地からの併合要請」という口実と瓜二つだ。
米国は現在、ロシアのクリミア併合を国際法違反として認めていないが、その論理でいけば、米国のハワイ併合も無効であり、そのハワイで生まれたオバマ大統領は、米国生まれとは言えない。事実、多くの先住ハワイ人は米国支配を正統なものと認めていない。
出生地主義による市民権の獲得も、先住民の土地と主権を奪った白人が、征服地と自らの「ネイティブな結びつき」を、出生にまつわる憲法と法律で創作し、占領地に対する「生得の権利」を主張する不可欠の道具としてきた歴史がある。
米国において、「真のネイティブさ」を主張し、他者を排除できる正統性を持つのは誰か。出生と米市民権・米国籍が不可分に結びついているとするなら、その「米国」とは何なのか。米大統領選が投げかける、根源的な問いだ。
(この記事は、トランプ候補、また排外主義 その1 米国生まれのみ大統領になれる? の続きです。全2回)
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この記事を書いた人
岩田太郎在米ジャーナリスト
京都市出身の在米ジャーナリスト。米NBCニュースの東京総局、読売新聞の英字新聞部、日経国際ニュースセンターなどで金融・経済報道の訓練を受ける。現在、米国の経済・司法・政治・社会を広く深く分析した記事を『週刊エコノミスト』誌などの紙媒体に発表する一方、ウェブメディアにも進出中。研究者としての別の顔も持ち、ハワイの米イースト・ウェスト・センターで連邦奨学生として太平洋諸島研究学を学んだ後、オレゴン大学歴史学部博士課程修了。先住ハワイ人と日本人移民・二世の関係など、「何がネイティブなのか」を法律やメディアの切り口を使い、一次史料で読み解くプロジェクトに取り組んでいる。金融などあらゆる分野の翻訳も手掛ける。昭和38年生まれ。