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.経済  投稿日:2016/2/23

「原油安はサウジの陰謀」の誤り


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー(2016年2月22-28日)」

今週誰もが注目するのは米大統領選だが、へそ曲りで天邪鬼の筆者は今回敢えて原油価格に焦点を当てる。2月22日夜現在のWTI原油は1バーレル当たり33米ドル、前日より4%ほど高い。WTIとはWest Texas Intermediateの略で、テキサスやニューメキシコ州で産出される原油の総称だが、実は国際原油価格は千差万別だ。

同時刻のブレント原油は34ドルだった。ブレントとは英国・北海のブレント油田から採鉱される硫黄分の少ない軽質油だが、これ以外にも、国際取引される原油の種類はアラビアンライト(サウジ産出軽質油)やバスラライト(バスラ軽質油)など多数ある。まあ、石油会社や原油取引の専門家でもない限り、ここまで知る必要はないだろう。

それでも、今回油価に焦点を当てた理由は、今も原油価格には数多くの神話があり、これをそのまま信じる輩が少なくないからだ。典型例は、最近の原油価格急落が「サウジの米シェールオイル潰し」 の結果とする「陰謀論」。不思議なことに、まだ多くの人がこのような陰謀論を信じて疑わないのだが、果たして本当にそうなのか。

よく考えてみてほしい。昨年サウジは原油の安売りを始め、米シェール産業を潰そうとしたという。しかし、当時の原油は1バーレル当たり100ドル超え、サウジにとっては危険水域だった。採掘コストが極めて安く、埋蔵量が世界一のサウジが最も恐れるのは、シェールオイルよりも、原油異常高による代替エネルギー産業の離陸なのだ。

しかも、米シェール産業の採算分岐点は30ドル程度だから、100ドルを80ドルに下げても焼け石に水だ。バーレル当たり30ドルになれば米国も困るだろうが、それ以上に困るのは最近人口が急増するサウジアラビアだろう。今の原油安がサウジの陰謀だとすれば、それはサウジにとっての自殺行為。今のサウジに価格決定能力はない。

 

〇欧州・ロシア

英国債が急落している。先週末英国キャメロン首相は欧州連合(EU)首脳とマラソン会議の末、新たな合意を結んだ。これで同首相は6月23日にEUを離脱しないことの是非を国民に問うらしい。ところが、何と保守系のロンドン市長が国民投票で「英国のEU離脱を支持する」と表明したため、英国のEU離脱懸念が急速に広がっている。

〇東アジア・大洋州

23日から王毅外交部長が訪米し、米国務長官らと会談する。中国側は「中米関係と共通の関心事について意見交換する」とだけ発表したが、北朝鮮に対する国連安全保障理事会の制裁決議や南シナ海問題などが協議されるだろう。いずれにせよ、中国の外交部長に政策実施権限はあっても、立案権限はないのだから・・・。
中国側は、朝鮮半島の非核化、朝鮮戦争の休戦協定を平和協定に転換する協議を進めるべしと迫る一方、終末高高度防衛(THAAD)ミサイルの在韓米軍への配備に強く反対するだろう。されば、恐らく、話は並行線のままだろう。今の米中にとっては話し合いを続けることが最も重要なのだと思う。

〇中東・アフリカ

24日にヨルダン国王が訪米し、28日からはエジプト大統領が訪日する。ヨルダンは混乱する今の中東地域で唯一安定した政権を維持している。逆にいえば、万一ヨルダンに不測の事態が発生すれば、それはヨルダン一国の問題ではなく、その悪影響は直ちに中東地域全体に拡散するということだ。ヨルダンが今も静かなこと自体が奇跡に近いかもしれないが、今はこの奇跡が続くことを祈るしかない。

〇アメリカ両大陸

20日のサウスカロライナ州共和党予備選ではトランプが首位、これにルビオとクルーズが続き、7.8%と惨敗したブッシュは撤退を表明した。共和党はこれら上位三者のレースとなりつつあるが、ルビオとクルーズの差は僅か0.2%しかない。このままでは党内の足の引っ張り合いが続き、トランプに対抗できる有力候補の一本化は難しい。

〇インド亜大陸

小さなニュースだが、21日からインド国防産業の代表団がイスラエルを訪問する。両国間の軍事協力拡大ということは実質的に米印軍事協力の拡大を意味するだけに、要注意である。今週はこのくらいにしておこう。

いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

 


この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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